第41話 修行の始まり
何が起きたのか分からないまま、レイは音のした方を振り返る。
さっきの影ではない。
そこに立っていたのは——ザック先生が持っていたような杖を構えた、別の影だった。
人の形はしているが、さっきの影よりも輪郭が朧げで、表情どころか、輪郭の芯すら定まらない。
(お化け……?)
そう思う間もなく、影の杖の先に、赤い光が生まれた。
火球だ。
まっすぐ、レイへ向かって飛んでくる。
「っ」
咄嗟に、右へ跳んだ。
直後、さっきまでレイが立っていた場所の地面が、爆ぜた。
土くれが顔に降りかかる。耳の奥が、じん、と痺れていた。
(なんで……どうして)
恐怖が、全身を包んでいく。
(逃げなくちゃ)
振り返る。扉は、まだ開いている。
走れば、出られる。
——ばちっ。
指先で、紫雷が弾けた。
(……あ)
朝の訓練場が、浮かんだ。カイ、メル、レン——みんなで鍛錬を。
僕の鍛錬に、みんな付き合ってくれているんだ。
「……っ」
レイは、扉に背を向けた。
⬜︎
「小僧よ。避け続けろ」
その声を、思い出す。
(そうだ、避け続けろって——)
レイは、杖を持っている影に目を凝らした。
杖の先が、ゆっくりと持ち上がる。切っ先が、ぴたりとこちらを狙う。
——狙いを定めてから、撃つ。
それに気づいた瞬間、また赤い光が生まれた。
火球が、まっすぐに飛んでくる。
(今度は、左)
咄嗟に、左へ跳ぶ。
地面が、また爆ぜた。
(……直線だ)
杖が狙いを定めた場所から、火球はまっすぐにしか飛んでこない。曲がらない。それなら——
(読める)
杖が、また持ち上がる。今度は——
「……っ、二つ!?」
杖の先に、赤い光が二つ、同時に生まれていた。
火球が、時間差で放たれる。
(くっ——)
右足に意識を集める。魔力を、素早く。さっきより速く、左へ跳んだ。
ぎりぎりで、躱す。
息をつく間もなく、次の火球が生まれていた。
(……速い)
生成から発射までの間が、さっきより短くなっている気がした。
気のせいだろうか。
確かめる余裕はない。
同じように、ぎりぎりで避ける。
杖の先に、三つ目の光が生まれた。
「え——」
右足に魔力を集め、左へ跳んだ。
着地した瞬間、一発目の火球が背後で弾けた。
今度は左足へ魔力を移す。
その直後、二発目が足元を掠める。
——三つ目が、迫っていた。
(——っ!)
咄嗟に体を捻る。頬を、熱が掠めた。
左右の足に、交互に魔力を通す。走りながら、避けながら、相手の杖の動きも追う。
(難しい……)
動きながらだと、コントロールがぶれる。相手を見ながらだと、なおさら。
また、火球が来る。
足がもつれそうになりながら、なんとか躱す。
どれだけ、続いただろう。
——ふと、視界が、ぼやけた。
(……まだ)
足へ集めた魔力が、途中でほどけていく。
すんでのところで、また一つ躱す。
着地した瞬間、胃の底から何かがせり上がってきた。
——っう。
堪える間もなく、吐いた。
(次は——)
足は、動かなかった。
意識が、沈んでいく。
⬜︎
体を起こそうとして、全身が重いことに気づいた。
(そうだ、僕——)
あの黒い部屋で確か意識が朦朧として…
けれど今、扉の前に倒れている。
(どうしてここに?)
そして、すぐ横に。
鞘に納まった古剣が、静かに置かれていることに気がついた。
レイは古剣を支えにゆっくり立ち上がった。
もう、扉を叩く気力はなかった。
(今の僕では答えすら教えてもらえない。もし、これが修行ならまた来てもいいのかな?)
ゆっくりもと来た道を引き返す。
やはり魔獣は出てこなかった。
そして、なんとか屋敷にたどり着き裏口で、
エマに会った。
「最近は暑くなってきましたね。だいぶ夏の陽気が——」
そう言いかけて、エマがこちらを見た。
「——レイ様!? 大丈夫ですか!?」
「とてもお疲れのご様子ですけど、何をしてきたんですか?」
「……ちょっと、魔術の練習をしすぎて」
「なるほど、鍛錬であれば仕方のない気がしますが、頑張りすぎではないでしょうか?」
「まあ、怪我もなさそうで、よかったです」
エマは、レイの服の埃を軽く払いながら言った。
「お昼ご飯は、食べられそうですか?」
「大丈夫です」
「……なんだか、当てになりませんね、その大丈夫」
レイはその日、お昼ご飯を食べてから、泥のように眠った。
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