第39話 廃坑再訪
次の朝、部屋で、廃坑へ行く支度をしていた時だった。
——コン、コン。
扉が叩かれた。
(誰だろう)
開けると、ロウエンが立っていた。
その手に、鞘が握られていた。
「レイ様。こちらを」
——あの鞘だった。
金具が歪み、革紐が切れかけて、もう納刀には使えなかった鞘。剣は布に包んで仕舞っていたから、鞘は木箱の奥に置いたきりだった。
いつの間にか消えていたことにも、気づいていなかった。
歪んでいた金具は真っ直ぐに戻り、革紐は新しいものに替えられている。黒ずんだ革は丁寧に磨かれ、木地の部分にも、うっすらと油の艶が戻っていた。
「勝手ながら、お直しいたしました」
「……ありがとうございます」
レイは古剣を鞘に納めようとして——ふと、刃に目を留めた。
(……気のせい、かな)
心なしか、錆が薄くなっている気がした。毎晩、紫雷を通しているせいだろうか。
ロウエンは、それ以上何も言わない。
「お気をつけて」
ただ一言、そう言って、深く礼をした。
刃は、引っかかることなく、静かに鞘へ収まった。
中で刃が動かないよう、調整までしてあったらしい。
(ロウエンってなんでもできるんだ)
⬜︎
屋敷が背後で小さくなる。
森へ続く道は、あの日とほとんど変わっていなかった。踏みならされた土に、見覚えのある木の根が張り出している。
(前よりも、草が伸びているな)
指南が終わってから、久しぶりの道だ。
肩の古剣が、歩くたびに小さく揺れる。鞘があるとやっぱり歩きやすい。
廃坑が、木々の隙間に見えてくる。
中に入る。
崩れた壁、積もった土埃、奥へ続く暗がり——すべて、あの日のままだった。
レイは注意深く辺りを見回す。
(このあたりの、はず……)
「……あ、あった」
崩れた壁の隙間に、小さな扉のようなものがあった。
見た瞬間、あの時と同じ気配がした。表面がわずかに歪んで見える。
古剣を鞘から抜き、扉へ向かう。
押しても、びくともしなかった。
(……帰る時は、開いてたのに)
あの日は、無我夢中で通り抜けた。
閉じたのは——閉じられたのは、あの後かもしれない。
(そうだ、確か——)
あの日の記憶をたどる。古剣を差し込む場所が、どこかに——
「……見つけた」
壁の窪みに、剣の形の溝があった。古剣を差し込み、少しだけ紫雷を通す。
すっ、と魔力が吸われる感じがして——かちり、と音がした。
扉が、開いた。
「っ!」
分かっていたのに、レイは肩を震わせた。
おそるおそる、中を覗く。鉱石鼠の気配も、魔獣の音もしない。人一人がようやく通れる道が、暗闇の奥へ続いていた。
携帯灯を掲げ、ゆっくりと進む。
いつでも引き返せるように、前にも後ろにも注意を配る。
(ここで魔獣に会ったら、逃げ場がない)
けれど、どれだけ進んでも、魔獣に出会うことはなかった。
やがて、広い場所に出た。
——ピトン。
水滴の落ちる音に、びくりと肩が跳ねて、転びそうになる。
「……っ、び、びっくりした……」
顔を上げると、目の前に、扉があった。
あの時と変わらず、そこにある。
(ここで帰ったら、何も分からない)
レイは、大きく息を吸い込んだ。ゆっくりと、吐く。
もう一度、同じように。
それから古剣を、溝に差し込んだ。
そして剣に紫雷を流す。細く、長く、刃の先へ通すように。あの時と、同じように。
溝から伸びる細い線が、一本だけ紫に灯った。
次に、その周りの線が呼応するように、徐々に紫へ変わり、広がっていく。
最後に、すべての線が繋がり——扉一面が、紫の蜘蛛の巣のように輝いた。
——雷が産声を上げたような、低い音がした。
扉が、開いた。
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