第37話 注文
炉の前には、一人の男が立っていた。
厚い革の前掛けをまとい、袖を捲った太い腕には、汗と煤が幾重にも重なっている。槌を振るうたび、その腕が無駄なくしなり、赤く焼けた鉄へ真っ直ぐに振り下ろしていた。
——カンッ。
重い音とともに、火花が弾ける。
音が、腹の底に響いた。カイの言っていた通りだった。
男は火花に目もくれず、鉄を打ち続ける。その琥珀色の瞳には、焼けた鉄の色が静かに映り込んでいた。
その目が、隣でよく笑うカイと、不思議なほどよく似ていた。
親父さんが、ちらりとこちらに気づいた。
「——今いいところなんだ。少し待っててくれ」
それだけ言って、視線はもう鉄に戻っている。
「悪い、ちょっとだけ待っててな」
カイが小声で言った。
二人は、壁際に並んで立った。
カンッ。カンッ。
槌が音を鳴らすたびに、鉄の色が少しずつ変わっていく。赤から、橙へ。形にならないものが、形になっていく。
レイは、目が離せなかった。
魔力も何も使っていない。
ただ、腕と火と槌だけで、男は鉄を思う形に変えていく。
どのくらい眺めていただろう。
親父さんの手が、止まった。
「よし」
打ち終えた鋼を桶の水へ沈める。
じゅう、と大きな音がして、白い湯気が立ちのぼった。しばらく鋼を水の中で揺らし、やがて静かに引き上げる。表面にひびがないことを確かめてから、煤を布で拭った。
「すまんな。今、いいところだったんだ」
「せっかく友達が来たっていうのにな」
カイが口を尖らせる。
親父さんは笑って、前掛けで手を拭いながらこちらへ来た。
「レイくんだね。話は聞いてるよ。いつもカイと遊んでくれて、ありがとうね」
「い、いえ。こちらこそ、いつもお世話になってます」
不意に言われた言葉に、それしか返せなかった。
(……本当は、さっきの仕事、かっこよくて見入っちゃいました、って言いたいけど)
言えるわけがなかった。
「ここは私たち三人でやってるんだけどね」
親父さんは、鍛冶場をぐるりと見回して言った。
「レイくんのおかげだよ。カイが自分から、仕事を手伝いたいって言うようになったのは」
「……え?」
(僕の、おかげ? どういう意味だろう)
「余計なこと言うなよ!」
カイが慌てて割って入った。親父さんは、はは、と笑う。
「そうだね。じゃあ、私は仕事に戻るから。レイくん、ゆっくりしていってね」
それだけ言って、親父さんは炉の前へ戻っていった。
すぐに、カンッ、と音が再開する。
⬜︎
その後、カイが店と鍛冶場を案内してくれた。
壁に掛かった剣と槍。防衛隊の紋が入った修理待ちの槍。研ぎ場、砥石、種類の違う槌の列。武器も、防具も、農具も、なんでもあった。
その棚の一角に、見覚えのあるものがあった。
白い石。ザック先生がくれた、あの共用の魔道具だ。布の上に、丁寧に置かれている。
「あ……そういえば、石の練習、最近やってなかった」
「だろ? みんな素振りばっかりだもんな」
カイは笑って、声を少し大きくした。
「俺はたまに眺めてんだ。これ、どういう仕組みで作られてんのかなって。魔道具って、うちじゃ作れないからさ」
石を見るカイの目は、さっきの親父さんの目に、少し似ていた。
「なあ、レイ」
カイが、ふと聞いてきた。
「レイって、自分の武器あるのか?」
「え?」
(古剣は……あれは、実戦じゃ使えなさそうだし)
「……ないかも。そもそも雷と相性のいい剣って、あるのかな?」
「じゃあさ」
カイが、にっと笑った。
「俺がいつか、作ってやるよ」
「……え、いいの!?」
「いいぜ! 注文、承った!」
カイは胸を叩いて、わははと笑った。それから、少しだけ真面目な顔になった。
「ただ、三年くらいは欲しい。俺まだ、全然上手く鉄を打てないんだ」
三年。
長いのか、短いのか、分からなかった。でも。
「大丈夫。待ってる」
「おう。約束な」
カイはまた、白い歯を見せて笑った。
レイは、目頭が熱くなった。
それは、カイには秘密だ。
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