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紫雷の魔法使い  作者: 黒猫
ヴェイル領 第二部
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第36話 鍛冶屋

数日後の朝。


鍛錬の終わり際、カイが「今日、来れるか?」と聞いてきた。


もちろん、と答えた声が少し上ずった。


一度、屋敷に戻って着替え、レイはカイの家へ向かった。


道は、図書館の前を通り過ぎて、さらに十五分ほど歩いた先。町の外れに近づくにつれ、道の脇に積まれた鉄くずや古い車輪が目につくようになる。


——音が、聞こえた。


カン、カン、と一定の間隔で響く、何かを打つ音。


(本当だ。メルの言った通り、音がずっと鳴ってる)


建物が見えてきた。

壁は灰色の石積みで、長年、炉の煙を浴び続けたせいか、石の隙間まで黒く煤けている。ところどころに赤茶色の煉瓦が混じり、補修の跡がそのまま残っていた。


屋根は急勾配の木組みに、厚い板と古い鉄板を重ねたもの。鉄板の何枚かは錆びて端が浮いている。屋根の中央から太い煙突が伸びて、細い灰色の煙を吐き出していた。


正面には、荷車ごと入れそうなほど大きな木戸。表面は傷だらけで、鉄の取っ手は油が染み込んで黒光りしている。


その横の壁には、鎌や鍬、馬具の金具、欠けた鍋が無造作に吊るされていた。売り物なのか、修理待ちなのか、外からでは分からない。軒下には薪ではなく、黒い燃料石と鉄くずが山積みになっている。


窓は高い位置に小さく二つだけ。硝子は煤で曇り、内側から橙色の光がぼんやりと漏れていた。


看板はなかった。

けれど、この音と煙があれば、看板なんて要らないのだと思った。ここが鍛冶屋だと、知らない者でも一目で分かる。


扉の隙間から、熱気と煤の匂いが流れ出してくる。

(ここまで熱気が来るなんて、中はどれだけ暑いんだろう)

まだ扉も開けていないのに、そう思った。


レイが木戸を叩こうと手を上げた、その時。


「レイー!」


横から声がした。建物の裏口から、カイが駆けてくる。


黒い半袖の作業着に、使い込まれた革の前掛け。腰には工具を差した革帯。服にも腕にも煤がこびりついているのに、本人はまったく気にしていない様子だった。陽に焼けた肌には煤と鉄粉の跡が残り、短い黒髪は、汗を拭ううちに跳ねたのか、ところどころ無造作に乱れている。


(中で作業してたのかな)


こちらに向いた手のひらに、硬いまめが並んでいた。


(……こんなところにも、あったんだ)


木刀のまめとは、違う場所だ。鎚を握る手のまめだろうか。


「お待たせ!」


少し垂れた琥珀色の目が、にっと笑う。訓練場で見るのと同じ、人懐っこい笑顔——のはずなのに、この場所で見ると、なぜか少しだけ大人びて見えた。


「こっちこっち。入口はこっちなんだ」

正面の大きな木戸は、荷車を入れるためのもので、客の入口は脇の小さな扉らしい。


扉を押し開けると、まず、温い空気が頬に触れた。


小さな店内だった。

カウンターが一つ。正面の棚には包丁や斧、鍬、釘が種類ごとに並べられ、壁には大小さまざまな剣や槍が掛けられている。研ぎ上げられた刃が、高い窓から差す光を受けて、鈍く銀色に光っていた。


(……お店なのに、誰もいないんだ)


「母ちゃんは買い出し。店番いないから、客が来たら親父が奥から出るんだ」


レイの視線に気づいたのか、カイが先回りして言った。


外で聞いたあの音が、ここでは床から響いてくるようだった。


——カン。

——カン、カン。


店の奥は、厚手の革暖簾で仕切られている。


その向こうから漏れる赤い光が、床板を揺らすように照らしていた。


「親父ー!」


カイが暖簾をくぐる。レイも続いた。


——その瞬間、熱気が押し寄せた。


むわっ、どころではない。空気そのものが重くて、熱い。息を吸うと、鉄と炭の匂いが喉の奥まで入ってくる。


(……これが、メルの言ってたやつか)


確かに、夏でも冬でも真夏だ。


「ここがうちの鍛冶場だ、すごいだろ」


カイは自慢げに答えた。

ここまで読んで頂きありがとうございました!

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