第35話 友達
いつものように、素振りを終えた朝。
「なあ、そういえばさ」
木刀を置いたカイが、思い出したように言った。
「みんな、来月から学舎に通うんだよな?」
「同じ歳だしね。そうなるんじゃない」
レンが汗を拭きながら答える。
「一学年二組しかないし、きっと同じ組だよ」
メルが、水筒に口をつけたまま言った。
「学舎ってさ、何やるんだ? 魔術とか教えてくれんの?」
「魔術の学校じゃないよ。畑とか、家の直し方とか、暮らしのことを教わるって、父さんが言ってた」
「なんだ、魔術じゃないのか」
カイが残念そうに言った。
「王都じゃあるまいし」
レンが肩をすくめた。
「でも水路の整備とかもやるらしいんだよね。それはちょっと楽しみかな」
「楽しいか? それ?」
意味がわからない、とでも言うようにカイが首を振る。
「考えてもみてよ。自分の好きなように水路を引っ張ることができるようになるかもしれないんだよ?」
心なしか、レンの目が輝いている気がする。
「そ、そうだな……」
「あー、それにしてもさ」
カイがレイを見て、にやっと笑った。
「レイって領主の息子なんだよなあ。ここまで仲良くなるとは思わなかったわ。訓練が始まるまで、屋敷にこもってる印象が強かったし」
「……確かに、あまり外に出ようとしなかったかも」
「最近は図書館にも来たよ」
メルが言った。カイとレンが、少し驚いた顔をする。
「そうなのか?」
「うん。少し、気になったことがあって」
「じゃあさ」
カイが、ぽんと手を打った。
「学舎が始まる前に、うちの鍛冶場にも来いよ。案内したい」
「え……いいの?」
「友達なんだし、気にするなよ。レンなんて、しょっちゅう来てるぞ」
「親が鍛冶屋によく行くからね。防衛隊の槍とか、うちはあそこで直してもらってるんだ」
レンは慣れた口ぶりで言った。
「何気にメルも来てるしな。うちの親が、鍛冶の本を注文したりするから」
「……あそこ、扉を開けた瞬間に、もわっとくるのよね」
メルが、思い出したように顔をしかめた。
「夏でも冬でも、中は真夏。鉄と炭の匂いがすごくて、ずっと、かん、かん、って音がしてて。汗臭くて、男の職場って感じだった」
「そういう場所だしね」
レンが当然とでもいうように答えた。
「悪かったな!」
カイが思わず、叫ぶ。
「言っとくけど、あの熱さがいいんだぞ。親父の槌の音なんて、聞いてると腹の底に響くんだから」
自慢なのか反論なのか分からない言い方に、みんなが笑った。
レイは、少しの間、黙っていた。
友達の家に、招かれる。
考えてみれば、初めてだ。
(すごく、嬉しい)
「じゃ、学舎が始まる前にな。呼ぶから」
「うん。……ありがとう」
自分の声が弾んでいることに、レイは気づいていなかった。
家に帰ると、レイはいつものように古剣を握る。
そして、
紫雷を、通す。
あの日の夜から、ずっと続けていることだ。
ぱち、と指先で弾けた紫が、刃を伝っていく。以前は途中で霧散していたのに、最近は剣の形に沿って、通せるようになってきたと思う。
息を整え、さらに細く、丁寧に。
——古剣の奥に、一本の線が、薄く浮かび上がった。
(…よし)
刃の中を、紫の細い線が走っている。まだ弱いけど。
(この調子で——)
ふと、今日のカイの顔が浮かんだ。
——友達なんだし、気にするなよ。
自然に、口元が緩んだ。
ぱちん。
紫雷が、途切れた。
「……あ」
刃の中の線が、ほどけて消える。
(集中しないと…)
レイはもう一度、指先に意識を集めようとした。集めようとして——また、鍛冶場の話を思い出して、やめた。
(……なんだか今日は、もう集中できそうにないや)
古剣を木箱にそっとしまった。
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