第30話 純度
演習の次の日
「王都に帰る前に皆さんに伝え忘れていたことがありました。」
ザックがみんなを木陰に集めた。
「魔術の純度の話です」
「純度?」
カイが首をかしげた。
「魔力の澄み具合、とでも言いましょうか。同じ属性でも、術者によって魔術の質は違います。そして純度は、色に出ます」
ザックは杖を軽く振った。掌の上に、小さな水の球が浮かぶ。
「水は、純度が高いほど透明に近づきます。濁った水魔術は、それだけ魔力が乱れている証拠です」
次に、火。
「火は、純度が高いほど青に近づきます。赤い炎より、青い炎のほうが澄んでいて、熱い」
「土は?」
レンが聞いた。
「土は色より、硬さに出ますね。純度の高い土魔術は、岩より硬い」
「風は?」
メルだった。いつの間にか、身を乗り出している。
「風は——音です」
「乱れた風は、音を立てる。純度の高い風は、静かです。極まった風魔術は、無音で通ると言われています」
「無音の風って、暗殺じゃん……」
カイが小声で言った。誰も笑わなかった。想像すると、確かに少し怖い。
「ご安心を」
ザックは笑った。
「音は消せても、魔術の反応までは消せません」
「な、なんだ……」
カイが胸を撫で下ろす。
「もっとも——音が消せる時点で十分脅威ですけどね」
ザックは、少しだけ声を落とした。
「さすが風魔法」
メルが静かに呟いた。
「雷は」
ザックはそう言って、訓練場の的に杖を向けた。
「一応、私も使えます。お見せしましょう」
杖の先に、光が集まる。
——次の瞬間、白い閃光が的を撃った。
乾いた音が遅れて響く。的の表面が、黒く焦げていた。
「……とはいえ、雷は燃費が悪くてですね。大出力を要求されるので、実戦ではまず使いません。使われるのは、拷問など特殊な状況下くらいで——」
言ってから、ザックは咳払いをした。
「……すみません。余計な話でした」
(拷問……)
「あの、先生」
気づいたら、手を挙げていた。
「雷の純度は、何色なんですか」
「金色です」
ザックは即答した。
「純度の高い雷は、金色に輝くと言われています。王都の雷使いの家系には、金雷を出す方もいますよ」
「……紫は?」
一瞬、ザックが黙った。
「正直に言うと——紫の雷は、見たことがありません」
「え」
「珍しいんです、レイ君の雷は。文献でも読んだ記憶がない。だから私は、あなたに雷の使い方を、上手に教えられません。……すみません」
ザックは、本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、いえ、そんな……」
レイは慌てた。先生が謝ることじゃない。
でも少し、寂しさを感じた。
(金色が、澄んだ雷。じゃあ、紫は——)
純度が低いとは、一言も。でも、なんとも言えない気持ちだけが胸の奥に残った。
「王都には雷使いの方々もいますが……」
ザックは少し言葉を選んでから、続けた。
「皆さん、魔力量の多い名門の出でしてね。少々、家柄を重んじるところがあります。レイ君とは——馬が合わないかも、しれません」
それから、また咳払いをした。
「……すみません。これも余計な話でした」
レイは、膝の上で拳を握った。聞きたいことが、もう一つあった。聞くなら、今しかない気がした。
「先生。……雷は打つものじゃない、って聞いたことありますか」
ザックの眉が、わずかに動いた。
「……誰かに、そう言われたんですか?」
「……本で、読んだ気がします」
口が、勝手にそう答えていた。
嘘をついたのは、初めてかもしれない。
ザックはしばらくレイを見ていた。それから、ゆっくりと首を振った。
「いいえ。少なくとも王都では、雷は破壊の魔術です。撃って、壊す。それ以外の使い方を、私は知りません」
「……そうですか」
レイは、静かに頷いた。
講義が終わって、みんなが散っていく。
レイは一人、黒く焦げた的を見ていた。
世間では、雷は撃つもの。壊すもの。痛めつけるもの。
(——雷は、打つものじゃない)
あの声は、違うと言った。
どっちが本当なのか。
(いつか、あの場所に確かめに行こう)
指先で、ぱち、と小さな紫電が弾けた。
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