第29話 演習
その日の訓練の終わり際、ザックが皆を集めた。
「実は昨夜、王都の団長より招集の報せがありまして。予定を少し早めて、明後日にはここを発つことになりました」
「そこで、です」
ザックは、いつもより少しだけ真剣な顔で続けた。
「最後に、軽い実践を皆さんに見てもらいたいと思います。魔法士の戦いというものを、一度も見ずに終わるのは、もったいないですから」
実践。誰と、誰が?
ザックの視線が、訓練場の入り口へ向いた。
そこに、ガルドが立っていた。
「——ガルド殿。いかがでしょう」
「ああ、構わない」
父は上着を脱ぎながら、訓練場へ入ってきた。
「久しぶりの演習だ」
(……父さんが?)
レイは思わずエリオを見た。兄も驚いた顔をしている——いや、違う。驚いてはいるが、どこか納得もしている顔だった。
「父さんは昔、王都の魔術学校で魔術を学んでたって聞いた事がある」
エリオが小声で言った。
「僕も、来年行く。……父さんの実戦は、僕も見たことがない」
みんなが訓練場の端まで下がる。カイとレン、メルも柵際に並んだ。
中央で、ザックとガルドが向かい合う。二十歩ほどの距離。ザックは銀の杖を軽く提げ、ガルドは素手のまま立つ。
アイが、開始の合図を行う。
「では——始め」
まず動いたのは、ザックだった。
杖が閃く。ザックの周囲に、火の球が生まれた。一つじゃない。二つ、三つ——五つ。等間隔に浮かんだ火球が、一斉にガルドへ飛んだ。
(五つ同時——!?)
レイたちが習ったのは、一つの魔術を丁寧に扱うことだ。それを、五つ。
ガルドは、動かなかった。
片足で、地面を一度、踏んだ。
——ずん、と腹に響く音がして、ガルドの前の地面が割れた。土の壁がせり上がる。分厚い。訓練の日にエリオが出した壁の、三倍はある。
五つの火球が、立て続けに壁へぶつかる。
爆ぜる。土煙と熱が、柵際まで押し寄せてくる。レイは思わず腕で顔を覆った。
煙が晴れる。土の壁は、表面を焦がしただけだ。
「っ、すご……」
カイの声が聞こえた。
壁の向こうで、ガルドが両手を軽く上げる。壁から、拳大の石礫がいくつも射出される。
速い。
石礫がザックへ殺到する。
ザックの前に、薄く光る膜が張られた。防御魔法だ。
石が膜に当たる。一つ。二つ。乾いた炸裂音が連続して、膜が波紋のように震えた。それでも、破れない。
「——いいですね」
ザックが、笑った。
「楽しくなってきました」
「そうだな」
ガルドも、口の端だけで笑った。父のそんな顔を、レイは見たことがなかった。
そして——ザックが、杖を地面に置いた。
(え)
魔法士が、杖を。
次の瞬間、ザックの姿が掻き消えた。いや、消えたように見えただけだ。土を蹴る低い音。もうガルドの懐にいる。
右の拳が、真っ直ぐ伸びた。
身体強化。先生たちが教えてくれた、あの基礎の完成形。
だがガルドは、読んでいた。
上体を僅かに引いて拳を流し、避けざまに腰が回る。右脚が、鞭のように振り抜かれた。回し蹴り。ザックの側頭部へ。
「——っと」
すんでのところで、ザックが沈み込む。同時に、二人の間で空気が爆ぜた。
風の壁。ウインドウォール。
ガルドの体が、後方へ吹き飛ばされる。
(父さん——!)
レイが声を上げかけた、その時。
宙にいるガルドの足元に、土が迫り上がった。足場だ。飛ばされながら作った。ガルドは足場を踏んで姿勢を立て直し、着地と同時に両手を足場へ——
ずずん、と地響きがした。
ガルドの背後に、今までで一番大きな岩塊が二つ持ち上がる。
それは風を纏い、回転し出す。
(父さん、風も使えるんだ)
ザックが杖を拾い、構え直す。
背後に二つの火球が出現。
小さく何かを唱えた。瞬間——
火球が何倍にも膨れ上がり、熱量が増した。
一触即発——
「終了」
アイの声が、割って入った。
「これ以上やると地形が変わる。修復が面倒だ」
「「……ですね」」「……確かに」
ザックとガルドの声が、綺麗に重なった。
岩塊が、ゆっくりと地面に還っていく。風がやみ、土煙が流れて、訓練場にいつもの朝が戻ってきた。
——誰も、声を出せなかった。
ヴェイル領には、強い魔物が出ない。戦闘の訓練を本格的に受ける機会もない。ここにいる全員、本物の戦いを見たのは、生まれて初めてだった。
カイも、レンも、メルも、口を開けたまま固まっている。エリオは、拳を握りしめて、崩れた土壁の跡をじっと見ていた。
レイは、まだ胸の高鳴りが収まらなかった。
(これが……魔法士の、戦い)
五つの火球。地面ごと動く土。風を纏う石。杖を置いて殴り合う魔法士。飛ばされながら足場を作る父。
たった今まで、目の前にあった。なのにもう、半分も思い出せない。速すぎて、目が追いつかなかった。
(世界は——もっと、広い)
指先が、震えていた。怖いからじゃない。
「はい、解散です」
ザックが、いつもの穏やかな声に戻って、ぱんと手を叩いた。
「明日が最後の訓練です。遅刻しないように」
その普通さが、逆にすごかった。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
ようやく戦闘回です。




