第27話 夕暮れの目撃
訓練場が近づくにつれ、音が聞こえてきた。
風を切る音。それも、一つ一つが異様に短い。
レイは柵の手前で足を止めた。
夕暮れの訓練場は、朝とは別の場所のように見えた。斜めに差す赤い光が、踏み固められた土を染めている。
その中央に、アイがいた。
木刀を提げて、一人で立っている。その周りに——さっき遠くから見えた、あの光が浮かんでいた。
拳の二倍ほどの大きさの、淡く灯る光の球。一つ、二つ、三つ。蛍のように、ふわりと不規則に漂っている。
(……魔術?)
休息日のはずだ。誰もいないはずの訓練場で、一人で。
アイが、動いた。
木刀の先が、空気を裂いた。漂っていた光が逃げるように揺れて——揺れた先で、すでに裂かれていた。
裂かれた光は、すぐには消えない。断面から細い光の筋がほどけ、火の粉のように散って、宵闇に溶けていく。
(……きれいだ)
アイはもう次を向いている。踏み込み、振り抜く。二つ目が消える。返す刀で三つ目。
音が、遅れて届く。
レイは、柵を掴んだまま動けなかった。
(切ってる……)
浮かんでいる魔術を、木刀で。
ザック先生の防御魔法は、木刀を折った。魔術と木刀がぶつかれば、負けるのは木刀のはずだ。なのにアイ先生の木刀は、光を裂いても、折れるどころか焦げ一つない。
(すごい……)
無駄な動きが一つもない。光が浮かび、剣が走り、消える。それだけの繰り返しなのに、目が離せなかった。まるで、剣と光で踊っているみたいだ。
どのくらい見ていたのか、分からない。
最後の光が消えると、アイは木刀を提げたまま、ゆっくりと息を吐いた。
それから——こちらを、ちらりと見た。
(……っ)
気づかれた。
レイは思わず背筋を伸ばした。怒られるだろうか。休息日に、勝手に見ていたことを。
けれどアイは、何事もなかったかのように視線を戻した。
次の光をふわりと浮かべて、構えに入る。まるで、レイなど、風景の一部だとでも言うように。
レイは一礼だけして、訓練場を離れた。
見られていることを咎めもせず、追い払いもしない。それはたぶん、「いてもいい」ということなのだと思った。……そう思いたいだけかもしれないけれど。
(……ビックリして、反射的に逃げちゃった)
聞きたいことは、山ほどあったのに。今のは何ですか。どうやったら、あんな。
帰り道、頭の中では、ずっとあの光景が頭から離れなかった。
(木刀で、魔術を切れるんだ)
あの域まで剣を極めれば、魔力の少ない僕でも——
抱えた本は重いはずなのに、レイの足は、少しだけ速くなっていた。
⬜︎
足音が、遠ざかっていく。
アイは光を浮かべたまま、構えを解かなかった。
振る。裂く。次を浮かべる。
いつも通りの手順。いつも通りの呼吸。
——嘘だ。
さっきから、一本も納得のいく太刀筋がない。
アイは構えを解いた。光を消し、木刀を提げて、息を吐く。
(……レイはいつから見ていたのだろうか)
途中からは、気づいていた。
声をかけるつもりだった。見学なら、近くで見ればいい。それだけのことを、言うつもりだった。
言えなかった。
(……集中を、欠いていた)
違う。
(……楽しんでいた)
王都から支給された、訓練用の魔道具。動きは読みにくく、手応えはちょうど良く、斬れば散る。良くできている。練習になる。
一番の鍛錬は、対人だ。それは変わらない。
変わらないが。
浮かべて、追って、裂く。一人で、いつまでもやっていられる。
——しかも今日は、的を大きくしていた。
通常の設定の、四倍。使い始めの初心者用の設定だ。
理由は、単純だ。大きい的は、斬った時の手応えがいい。水を切るような、あの感触が長く続く。あれが、癖になる。
(……子供の遊びと、同じだな)
それを、教え子に見られた。
あの瞬間、「見学か」と言えばよかったのか。
楽しんでいたと思われたら——いや、事実だが——指導者として、あれは。
アイは夕闇の訓練場に、一人で立っていた。
——静かだ。
さっきまでと、同じ静けさのはずだった。
明日、あの子はどんな顔で訓練に来るのだろう。何か聞かれたら、どう答えれば。
考えて、やめた。
(……聞かれてから、考えるか)
木刀を鞘に納め、アイは歩き出した。
その足取りが、ほんの少しだけ速かったことに、本人は気づいていない。
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