第25話 4日目 夕食
領主館に戻ると、夕食の匂いがした。
久しぶりに、家族揃っての食事だった。訓練が始まってから、レイは朝が早く、夜は倒れるように眠っていたから、食卓でゆっくり話すのは何日ぶりかだった。
「兄さま、今日はなんだか楽しそうですね」
ミアが、スープの匙を止めてレイを見た。
「え、そう?」
「はい。目が、いつもよりも楽しそうです」
変な言い方だったが、なんとなく分かる気もした。
「友達ができたっぽいな」
エリオがパンをちぎりながら言った。
「鍛冶場のカイと、防衛隊のとこのレンだろ。訓練場でよくつるんでる」
「つるんでるっていうか……一緒に倒れてるだけだよ」
「それを、つるんでるって言うんだ」
エリオは笑った。
(確かに、カイとレンとはよく話すようになった)
あの二人とは、なんだか一緒にいて居心地が良い。
「王都から、来てもらえてよかった」
黙って聞いていたガルドが、ぽつりと言った。
「エリオもレイも、こんな機会は滅多にないからな。しっかり鍛錬するんだぞ」
「はい」
兄と、声が重なった。
「私も兄様達と一緒に鍛錬したいのですが」
ミアが少し寂しそうに答える。
「ミアは魔法が発現して、体調がよくなってからだな。人生には、その時のタイミングがある。私も含め、今できることに最善を尽くそう」
そう言った父の口元は、いつもより柔らかかった。
食事を終えて、レイは自室へ向かう。
その途中、廊下の角でばったりと、ザックに出くわした。湯浴みの帰りらしく、いつもの外套ではなく簡素な服を着ている。
「おや、レイ君」
「ザック先生。あの、今日はありがとうございました」
「いえいえ。体はどうですか」
「まだ、ちょっと重いです」
「でしょうね」
ザックは笑った。それから、ふと思いついたように尋ねた。
「レイ君は、何か目標はありますか?」
「え?」
「魔法を学んで、何がしたいか。聞いてみたくなりまして」
レイは少しだけ迷った。でも、この人には言ってもいい気がした。
「……外の世界に、行ってみたいです」
「外の世界」
「ヴェイル領の外です。いろんな場所を、自分の足で歩いてみたい。ずっと、そう思ってました」
ザックは、すぐには答えなかった。
「……そうですか」
短い相槌だった。いつもの穏やかな顔のまま。けれど、その目が一瞬だけ、何かを測るようにレイを見た気がした。
先生は、少しだけ黙った。
「ある程度は、戦えないといけませんね」
「……どんな修行をすればいいんですか?」
「そうですね……王都の騎士団では、訓練で腕が飛ぶことがあります」
「え」
「それでも、すぐに魔法で繋いで、続きをやるんです。そのくらいの修行を積んで、ようやく外を歩ける、というところでしょうか」
「……そう、なんですね」
「え、ええ。まあ、あくまで王都の話ですが」
ザックが何か言いかけたような気がして、レイは一瞬足を止めた。けれど先生は穏やかに笑っただけだった。気のせいだったらしい。
これ以上、先生の時間を取らせるのも良くない。
「ありがとうございます。おやすみなさい、先生」
レイは一礼して、自室へ向かった。
自室に戻ったレイは、寝台に腰を下ろした。
(腕が飛んでも、続ける……)
それが、外の世界を歩くための基準。
(今のままじゃ、全然足りないってことか)
魔力量も、身体も、覚悟も。何もかもが足りない。
でも、不思議と落ち込みはしなかった。足りないなら、埋めればいい。埋め方なら、少しずつ分かってきている。
(ザック先生たちの指南は、期限付きだ)
王都から来た二人は、いつまでもここにはいない。教われるうちに、教われるだけ教わる。
レイは灯りを消して、目を閉じた。
明日は休息日。しっかり寝よう。
その夜、レイは緊張してあまり寝れなかった。
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