第24話 4日目 水筒
結局、レイが立ち上がれたのは、昼前くらいだった。
カイとレンは、幽霊のような足取りで先に帰っていった。
レイは手の中の革の水筒に目を落とす。
(……返さないと)
訓練場を見渡すと、メルは隅のほうで荷物をまとめているところだった。あの後、風魔法なしで走り直しをさせられていたらしい。さすがに髪が少し乱れて、頬が赤くなっている。
レイはまだ重い足を引きずって、近づいた。
「あの……水筒、ありがとう」
メルは顔を上げた。
「ん。もう平気?」
「うん。だいぶ」
水筒を差し出すと、メルは受け取って、鞄にしまった。
「……さっきの、見てた?」
「え?」
「アイ先生の」
「あ……えっと」
見てた、とは言いにくかった。レイが言葉に詰まっていると、メルは小さくため息をついた。
「見てたんだ」
「ご、ごめん」
「別にいいけど」
メルは鞄を肩にかけて、立ち上がった。それから、少しだけ拗ねたような声で言った。
「だって身体強化、地味なんだもん」
(お姉さんっぽい人かと思ってたけど……)
案外、普通の子なのかもしれない。
「風魔法なら、ずっと使ってても疲れないのに。無属性って、なんか、しっくりこない」
メルは自分の足を見ながら、ぽつりとそう付け足した。
その言い方が少しだけ悔しそうに聞こえて、レイは意外に思った。あんなに涼しい顔で走っていたのに、苦手なものがあるらしい。
「でも、あの走り方はすごいと思う。風を纏ったまま、ずっと保ってるんでしょ? 僕、あんなの初めて見た」
レイが素直にそう言うと、メルは一瞬きょとんとして、それから少しだけ口元を緩めた。
「……ん。ありがと」
短くそう言って、メルは歩き出す。数歩行ったところで、振り返った。
「レイ君。魔力切れ、今日はもう使っちゃだめだからね」
「うん。分かってる」
「ならいい」
今度こそ、メルは帰っていった。
足音は、やっぱりほとんどしなかった。土を蹴っているはずなのに、体がふわりと流れるように遠ざかっていく。
(……あ。もう風魔法使ってる)
訓練はもう終わっている。だから使うのは自由だ。それにしても切り替えが早い。よほど風魔法が好きらしい。
ふと視線を感じて、レイは訓練場の中央を見た。
アイが、メルの帰っていった方向を見ていた。
腕を組んだまま、何も言わない。ただ、ふ、と小さく息を吐いたのが、遠目にも分かった。
(訓練が終わった瞬間にあれか、って顔だ)
禁止されているのは、あくまで身体強化の訓練中だけ。訓練の外で何を使おうと自由——なのだが、終わった途端に嬉々として使われると、指導した側としては複雑なのかもしれない。
レイは少しだけ笑って、自分も帰り支度を始めた。
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