第23話 4日目 器
空が、碧い。
レイは仰向けのまま、荒い息を繰り返していた。口の中に残る酸っぱさを、どうすることもできない。指一本、動かす気力がなかった。
隣ではカイが同じ格好で転がっている。
「レイ……お前、何往復した」
「……一往復、と、ちょっと」
「俺、半分」
「…………」
「笑うなよ」
笑う元気もなかった。
少し離れた場所から、レンの呻き声が聞こえる。三人とも、見事に全滅だった。
アイはもう次の訓練生のほうを見ていて、こちらには一瞥もくれない。倒れた者は数に入っていないらしい。
(魔力が、空っぽって……こんな感じなんだ)
体の芯に、穴が空いたような感覚。息は整ってきているのに、深いところの疲れだけが抜けない。
そのとき、ふっと顔に影が差した。
見上げると、女の子が立っていた。
見覚えがない——いや、ある。訓練の初日から端のほうにいた子だ。話したことはない。
女の子は無言で、革の水筒を差し出した。
「え……あ、ありがとう」
レイが受け取ると、女の子は少しだけ屈んで、レイの顔を覗き込んだ。
「魔力切れのまま無理に絞ると、器が傷つくって本に書いてあったよ」
静かな声だった。
「今日はもう、魔力を酷使しない方がいいと思う」
それだけ言うと、女の子は立ち上がり、自分の走り込みに戻っていった。
足音が、ほとんどしない。
土を蹴っているはずなのに、体がふわりと浮くように進んでいく。走るというより、流れていくようだった。
「……誰?」
カイが転がったまま言った。
「メルだろ。図書館の、司書さんとこの」
レンが呻きながら答える。
「あの子、風魔法得意なんだよ。ほら、走り方が違うだろ」
レイは水筒を握ったまま、その背中を目で追った。
メルは訓練場の端まで走り、涼しい顔で折り返してくる。息も乱れていない。何往復目なのか、見当もつかなかった。
(器が傷つく……)
本で読んだ、と言っていた。
レイは水筒の水を一口飲んだ。冷たさが、胃の奥まで染みた。
メルは訓練場の端まで走り、涼しい顔で折り返してくる。息も乱れていない。何往復目なのか、見当もつかなかった。
(器が傷つく……)
本で読んだ、と言っていた。
レイは水筒の水を一口飲んだ。冷たさが、胃の奥まで染みた。
(そういえば、この訓練は基礎魔法を使わなくちゃいけないんじゃなかったっけ?)
レイが無意識にそんなことを考えていると
「風魔法は禁止」
アイの声が訓練場に響いた。
「いやー!」
メルの悲鳴が聞こえた。
見ると、メルがアイの前で直立させられていた。あの涼しい顔は、もうどこにもなく、心なしか震えているように見えた。
「なんで俺には水くれないんだーー……」
隣でカイが空に向かって叫んだ。叫んだせいで咳き込み、また転がった。
「自分の水筒くらい持ってこい」
レンが呻きながら言った。
「大丈夫ですよ。器が傷つくというのは、少し古い本の説ですね」
声のほうを見ると、ザックが歩いてくるところだった。
声のほうを見ると、ザックがこちらに向かって歩いてくるところだった。
「正確には、傷つくのではなく、回復が遅くなるんです。空になった状態で無理に絞り出そうとすると、魔力の回復速度が落ちます。疲れが抜けない感じですね。だから彼女の言う通り、今日はもう酷使しないのが正解です」
ザックはメルの背中を目で追って、少し目を細めた。
「よく勉強していますね、あの子は」
(回復が、遅くなる……)
レイは自分の掌を見た。まだ、指先に力が入らない。
「レイ君。魔力は、空になるたびに少しずつ器が広がります。今日のは無駄ではありませんよ」
「ただ——」ザックは少しだけ言葉を選ぶように考えてから。
「広がる幅は、人それぞれです。焦らないことです」
ザックはそう言って、倒れている三人を見渡した。
「三人とも、今日はもう上がりなさい。回復しないうちは、何をやっても身になりませんから」
カイが転がったまま、力なく片手を挙げた。
「……せんせー、俺、立てません」
「頑張ってください」
ザックは笑顔でそう言い残して、アイのほうへ歩いていった。




