第21話 4日目 身体強化
手の平の上に、薄く魔力を集める。
それだけなら、レイにもできた。手に意識を向けると、淡い紫の光がぼんやりと掌の上に浮かぶ。石を包む練習と要領は同じだ。
「上手にできてますね」
見回りに来たザックが頷いた。
「では次の段階です。その魔力を膜のように広げて、空間に固定してみてください。さっき私がやった防御術式の、ごく小さいものだと思ってもらえれば」
「空間に、固定……ですか」
レイは思わず聞き返した。
何もない空中に魔力を置く、という感覚がうまく理解できなかったからだ。
「難しく聞こえますよね。ちなみに私は空間に固定というのは空気の膜を作るイメージで行っています」
「空気の膜……」
「ええ。もっと簡単に言えば、見えない枠に薄い布を張るようなものです。魔力を固まりのまま押し出すのではなく、薄く伸ばして、端を空中に引っかける。真ん中だけを押しても、すぐに破れます。大事なのは、端です」
石を包む時とは違う。
包み込むのではなく、広げて張る。
レイは手を目の前に広げて掌の上の魔力を、ゆっくりと押し広げていく。
薄く。そしてそれを目の前の空気に置いていく。
掌より少し大きいくらいの、淡い紫の膜が空中に浮かんだ。
(できた——)
そう思った瞬間だった。
膜の端から、ほどけるように光が薄れていく。慌てて魔力を注ぎ足そうとしたが、注ぐそばから霧散していく。数秒ももたず、膜は空気に溶けて消えた。
同時に、身体の芯からすっと力が抜ける感覚。
魔力切れだ。
レイはその場に膝をつきそうになるのを、かろうじてこらえた。
(また、これか)
コントロールはできる。形も作れる。でも、維持できない。空間に固定するというのは、想像していたよりずっと魔力を食う作業だった。掌より少し大きいだけの膜で、これだ。
ザックの防御魔法は、木刀を折った。あれを支えるのにどれだけの魔力が要るのか、考えたくもなかった。
「レイ君」
顔を上げると、ザックがそばに立っていた。
「防御魔法は、魔力を体の外に出して維持する魔法です。体外に出た魔力は、常に少しずつ漏れていく。だから消耗が激しいんです」
「……はい」
「あなたの場合、コントロールは問題ありません。問題は燃費です。ですから——」
ザックは杖の先で、訓練場の端を指した。
「身体強化を先に覚えるといいかもしれません。あれは魔力を体の内側で巡らせる魔法です。体外への排出がほとんどない分、少ない魔力でも長く使えます」
(体の内側で巡らせる……)
外に出すから漏れる。なら、出さなければいいってことなのかな。
「アイさんのところで教わってきてください。身体強化は、私よりあの人のほうがずっと上手いので」
ザックは穏やかに笑って、そう付け足した。
レイは礼を言って、訓練場の端へ向かった。
——そして、足が止まった。
アイの前に、二人、転がっていた。
カイと、レンだ。
二人とも地面に仰向けになって、荒い息をしている。カイに至っては白目を剥きかけていた。レンは「む、無理……足が……」と呻きながら、芋虫のように転がっている。
アイは腕を組んだまま、その二人を無言で見下ろしていた。
レイは思わず後ずさった。
(……場所、間違えたかな)
振り返ってザックを見る。
ザックはにこやかに頷いた。
「そこです」
(そこなんだ……)
レイが恐る恐る近づくと、アイがこちらを見た。
「身体強化か」
「は、はい。ザックさんに、教わってこいと」
アイは転がっている二人を一瞥した。
「こいつらもそう言って来た」
カイが地面から片手だけ上げて、力なくひらひらと振った。何かを伝えようとしているようだったが、何を伝えたいのかよくわからなかった。
「身体強化は、感覚で覚えるしかない」
アイは短くそう言うと、レイの正面に立った。
「魔力を身体中に巡らせろ。血の流れに乗せるイメージだ。巡らせたまま、走れ。以上だ」
「……それだけ、ですか」
「それだけだ」
アイは訓練場の端から端を指差した。
「魔力が切れるまで往復しろ。切れたら休んで、回復したらまた走る。身体が勝手に覚える」
レイは転がっている二人を見た。カイとレンは、つまりこれを限界までやったということだ。
(なるほど、それでこうなるのか)
レイは息を吸って、身体の内側に意識を向けた。
魔力を、巡らせる。
石を包むのとは違う。外に出すんじゃない。内側で、巡らせ続ける。
胸の奥から指先へ、腰から足先へ。魔力が通った場所が、じん、と熱を持った。
「走れ」
アイの声と同時に、レイは地面を蹴った。
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