表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/13

門の前の現実

 近くまで来ると、リーベルの門は想像以上に大きかった。

 灰色の石を幾重にも積み上げた城壁は、空を遮るほど高くそびえている。

 城壁の上では弓兵たちが周囲を警戒し、陽光を受けた槍先が鈍く光っていた。

 その中央には、十メートルはあろうかという巨大な木製の門。

 門前には荷馬車や旅人、商人たちが長い列を作っている。


「ここが……リーベル」


 ケンジは思わず息を呑んだ。

 異世界へ来てから初めて見る、人々が暮らす町。

 子どもたちの笑い声。

 商人の威勢のいい呼び込み。

 馬のいななき。

 荷車の軋む音。


 そして風に乗って漂う、焼いた肉や香辛料の匂い。


 森とはまるで違う。

 人の営みが、そこにはあった。


「行くぞ」


 レオナは短く言い、列の最後尾へ並ぶ。

 その表情はいつもと変わらない。

 だがケンジには、どこか肩に力が入っているようにも見えた。


「町へ入るにも手続きがあるんですか?」

「ある」


 即答だった。


「基本は身分証か冒険者証だ」

「冒険者証?」

「冒険者ギルドが発行する証明書だ。依頼を受け、実績を積めばランクが上がる」


(やっぱりあるんだ……)


 ゲームや小説で見たままの世界に、ケンジは少しだけ感動する。


「持っていない人は?」

「入門税を払うか、保証人を立てる」

「なるほど……」


 つまり今の自分は、身元不明の怪しい男だ。

 当然お金もない。

 思わず苦笑する。


「僕、完全に不審者ですね」

「否定はできんな」


 真顔で返され、ケンジは思わず肩を落とした。


「そんな即答しなくても……」

「安心しろ」


 レオナは淡々と言う。


「私が保証する」

「いいんですか?」

「ああ」


 そう言って腰の革袋から、一枚の金属製プレートを取り出した。

 銀色だったであろう表面は年月でくすみ、細かな傷が刻まれている。

 それでも中央の紋章だけは、今なお威厳を失っていなかった。


「騎士団の身分証ですか?」

「昔のな」


 それだけ答えて、レオナはプレートを見つめる。

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、寂しそうな表情を浮かべた。

 しかし次の瞬間には、いつもの無表情へ戻っていた。


「次!」


 門番の声が響く。

 列が進み、いよいよ二人の番になる。

 門の両脇には完全武装した兵士が立ち、鋭い視線で旅人を一人ずつ確認していた。


「身分証を」


 レオナは無言でプレートを差し出す。

 門番は何気なく受け取る。

 そして刻まれた文字を見た瞬間、その目が大きく見開かれた。


「……え?」


 隣の兵士も覗き込む。


「第三騎士団……」


 思わず息を呑む。


「副団長、レオナ・ラインハルト様……?」


 先ほどまで事務的だった声色が、一変した。

 二人の兵士はほぼ同時に姿勢を正す。


「し、失礼いたしました!」


 慌てて敬礼する兵士。

 周囲で順番を待っていた旅人たちも、その様子を見てざわつき始める。


「ラインハルト家の……?」

「第三騎士団のレオナ様だぞ」

「本物か?」


 小さなざわめきが広がっていく。

 だが当の本人だけは表情を変えない。


「通行したい」


 ただ一言。

 それだけだった。


「も、もちろんです!」


 兵士は慌てて頷く。

 しかし次の瞬間、表情が少しだけ曇った。


 言うべきか。

 言わないべきか。


 そんな迷いが、その顔には浮かんでいた。

 やがて兵士は静かに口を開く。


「……お話は、伺っております」


 その一言だけだった。

 レオナは何も答えない。

 ただ小さく目を伏せた。

 兵士はそれ以上何も言えなかった。

 騎士団中に知れ渡った出来事。

 門番ごときが軽々しく触れていい話ではない。

 そう分かっていたからだ。

 重苦しい沈黙を破ったのは、兵士の視線だった。


「……そちらの方は?」


 ケンジは思わず固まる。


「あ、えっと……」


 異世界から来ました。

 日本で料理人をしていました。

 そんなことを言えるはずがない。

 言葉が喉で止まる。

 するとレオナが一歩前へ出た。


「私の同行者だ」

「身元は確認済みでしょうか?」

「私が保証する」


 兵士は少しだけ考え込む。

 だが、すぐに頷いた。


「レオナ様がおっしゃるのであれば、問題ありません」


 そしてプレートを両手で丁寧に返す。


「……ようこそ、リーベルへ」


 深々と頭を下げた。

 門番の合図で、巨大門の脇にある潜り戸が内側から開けられた。


 ギィ……


 厚い樫材で作られた扉が軋み、町への道が現れる。


「行くぞ」


 レオナが先に潜り、ケンジも慌てて後に続いた。

 そして町への道が姿を現したのだった。


「行くぞ」


 レオナは振り返らず歩き出す。

 ケンジはキョロキョロと周りを見ながらその後を追った。

 少し歩いたところで、小さく口を開く。


「……すごい人だったんですね」

「昔の話だ」


 それだけ。

 レオナは前だけを真っ直ぐ見つめて歩いていく。

 その背中はどこか遠く、少しだけ寂しそうに見えた。




 門をくぐると、景色は一変した。

 広い石畳の大通り。

 木造と石造りの建物が整然と並び、人々が絶え間なく行き交っている。

 露店では果物や布、武器やアクセサリーまで売られていた。

 商人たちの威勢のいい呼び込み。

 大道芸人へ歓声を送る子どもたち。

 焼きたてのパンの香り。

 香辛料の刺激的な匂い。

 ケンジは目を輝かせる。


「すごい……」

「交易都市だからな」


 レオナは周囲を見回しながら答える。


「各国から商人も冒険者も集まる」


 ケンジは屋台を覗き込む。


 串焼き。

 大鍋で煮込まれたスープ。

 平たいパン。


 どれも豪快で、美味しそうではある。

 だが料理人の目には、まだまだ工夫できそうにも映った。


「食文化は、まだ発展途上なんですね」

「腹が満たせれば十分という考えが多い」


 その言葉に、ケンジはレオナへ作ったトンカツを思い出す。

 ただ満たすだけではない。

 笑顔になれる料理。

 それを、この世界へもっと広められたら。

 自然と胸が高鳴った。


「あれが冒険者ギルドだ」


 レオナが指差す。

 人一倍大きな建物。

 入口には剣と盾を組み合わせた紋章が掲げられ、多くの冒険者が出入りしていた。


「まずはあそこへ行く」

「何をするんですか?」

「金を稼ぐ」


 短い返事だった。


「この世界では、それが何をするにも必要だ」


 確かにその通りだ。

 食堂はある。

 食材もある。

 だが、生活には金が必要になる。

 異世界で生きるための、本当の第一歩。

 それが今、始まろうとしていた。


感想、レビュー、☆、励みになります(小躍りします)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ