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元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


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6/13

食堂と、これからのこと

 朝食を食べ終えたあと、ケンジは一人で厨房に立っていた。

 洗い終えた皿を拭きながら、小さく息を吐く。


「異世界、か……」


 昨日までは日本で働く料理人だった。

 閉店後に店を出て。

 気が付けば森にいて。

 魔物に襲われ、レオナさんに助けられた。

 そして、この食堂。

 思い返せば思い返すほど現実味がない。

 それでも。

 流れる水も。

 手の中の布巾も。

 木の温もりも。

 全部、本物だった。


「帰れるのかな……」


 ぽつりと呟く。

 家族はいない。

 両親はもう他界している。

 店の仲間たちは心配しているだろうか。

 店長は「また寝坊か?」なんて笑っているかもしれない。

 そう考えると、少しだけ胸が締め付けられた。

 だが。


「今は考えても仕方ないか」


 料理人は目の前の仕事をする。

 それだけだ。

 ケンジは顔を上げると、店内を見回した。

 せっかくなら、この食堂について調べてみよう。


「何か分かることがあるかもしれない」


 まずは厨房の棚。

 醤油や味噌、みりんなどは昨日確認した。

 しかし、使った分がどうなっているのかは分からない。

 試しに醤油を一本手に取る。

 少しだけ小皿へ注ぎ、元の場所へ戻した。

 数秒後。


「え?」


 棚を見ると、さっきまで使っていた醤油瓶が、いつの間にか元通りに満たされていた。


「補充されてる……?」


 もう一度試す。

 今度は砂糖。

 塩。

 小麦粉。

 どれも減らない。


「すごい……」


 思わず声が漏れた。

 これなら食材を無駄にしない限り、調味料で困ることはない。

 次は冷蔵庫を開く。

 牛肉を一枚取り出してみる。

 しばらくすると、空いた場所に新しい牛肉が現れた。


「こっちも?」


 思わず笑ってしまう。

 まるで夢のような厨房だった。


「これなら、何人でも料理が作れる」


 料理人としては、これ以上ない環境だ。

 そのとき、店の奥から声がした。


「何を笑っている」

「あ、レオナさん」


 振り向くと、レオナが店内を歩いてくるところだった。


「少し、この店を調べていたんです」

「何か分かったか」

「食材や調味料が補充されるみたいです」

「……補充?」


 説明すると、レオナも目を丸くした。


「そんなスキルは聞いたことがない」

「夢みたいです!」


 二人で顔を見合わせる。

 やはり、この食堂は特別らしい。

 レオナは店内をゆっくり見回した。


「この店は、ずっとここにあるのか?」

「それが分からないんです」


 ケンジは扉を見つめる。


「もしかしたら移動できるのかもしれません」

「試してみるか」

「そうですね」


 ケンジは扉の前へ立ち、小さく息を吸った。

 心の中で願う。


(食堂をしまう)


 何も起こらない。


 (お店を閉じる)


 (お店を閉める)


 (終わり)


「……」


 (閉店ガラガラ)


 すると。


 カラン――


 ベルが一人でに鳴った。

 店全体が柔らかな白い光に包まれていく。


「これは……!」


 レオナが目を見開く。

 壁が光になり。

 机が消え。

 厨房も。

 椅子も。


 最後に扉だけが残り、それも光の粒となって空へ溶けていった。

 気付けば。

 二人は、元の森に立っていた。


「消えた……」


 ケンジは呆然と呟く。

 跡形もない。

 まるで最初から存在していなかったかのようだった。

 すると、頭の中へあの声が響く。


《固有スキル【異世界食堂】》


《収納状態へ移行しました》


《任意の場所で再展開できます》


「……なるほど」


 これなら旅ができる。

 合言葉はちょっと……いや、とても引っ掛かるがとりあえず良しとしよう。

 食堂を背負って歩く必要はない。

 必要な時にだけ呼び出せばいいのだ。

 ケンジは思わず笑みを浮かべた。


「レオナさん」

「何だ」

「この世界にも、お腹を空かせている人がたくさんいるんですよね」

「ああ。少なくはない」

「だったら」


 ケンジは森の向こうへ視線を向ける。

 昨日までは見知らぬ世界だった景色が、少しだけ近く感じられた。


「料理を作りながら、この世界を旅してみたいです」


 レオナは少し驚いたような顔をした。


 普通なら、元の世界へ帰る方法を探すと言うだろう。

 それなのに、この青年は違う。

 最初に考えたのは、自分のことではなかった。


「……相変わらず、お人好しだな」

「そうでしょうか」

「そういう男だから、昨日も魔猪を見て『もったいない』と言えたんだろう」


 ケンジは照れくさそうに笑う。


「一人では危険だ」


 レオナは剣を腰に差し直した。


「近くの町までなら案内してやる」

「本当ですか?」

「ああ。ただし」


 レオナは少しだけ口元を緩める。


「昼飯は期待している」


 ケンジは思わず吹き出した。


「はい。腕によりをかけて作ります!」


 こうして。

 料理人と元女騎士の、小さな旅が始まった。


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