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元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


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12/13

野菜が主役

「――っ!」


 少女は目を大きく見開いたまま固まってしまう。

 口の中で衣が軽やかにほどける。

 サクサクとした食感のあとに、ほくほくとしたルーン芋が優しく舌を包み込んだ。

 噛むたびに甘みが少しずつ広がっていく。

 決して強い甘さではない。


 けれど、それが心地いい。


 そこへ刻まれた太陽玉ねぎが、とろけるように混ざり合う。

 柔らかな甘みがルーン芋をさらに引き立て、最後に森茸の濃厚な香りがふわりと鼻へ抜けていく。

 それぞれが自己主張し過ぎない。

 なのに、一緒になると驚くほど完成された味になる。


(野菜だけなのに……)


 少女は信じられなかった。

 これまで食べてきた料理では、野菜は肉を引き立てる脇役だった。


 主役はいつも肉。

 野菜は添え物。


 そんな常識が、たった一口で覆されてしまった。

 衣が軽やかに砕ける。

 その瞬間、ほくほくとしたルーン芋の甘みが口いっぱいへ広がった。

 続いて太陽玉ねぎの優しい甘さ。

 そして最後に森茸の濃厚な香りがゆっくりと鼻へ抜けていく。


「……おいしい」


 思わず漏れた一言だった。


 もう一口。


 また一口。


 気付けば少女のフォークは止まらない。


「野菜なのに……」


 フォークが止まらない。

 口へ運ぶたびに、違う表情を見せる。


 一口目はルーン芋の甘さ。


 二口目は森茸の香ばしさ。


 三口目は太陽玉ねぎの優しい旨味。


 同じ料理なのに、食べる場所によって味わいが少しずつ変わる。

 それがまた楽しかった。

 自然と頬が緩む。

 食べることが、こんなにも楽しいと思ったのはいつ以来だろう。

 少女はそんなことまで考えていた。

 信じられなかった。

 肉は入っていない。

 なのに物足りなさがまったくない。

 それどころか、一口ごとに幸せな気持ちになっていく。


「こんな料理……初めてです」


 ケンジは少し照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます」


 隣ではレオナもコロッケを口へ運んでいた。

 先日の魔猪料理とは違う。

 肉の力強さではない。

 野菜だけだからこそ生まれる優しい味だった。

 レオナは静かにコロッケを眺めた。


 前回は魔猪だった。

 今日は野菜だけ。

 同じ料理人が作っているとは思えないほど印象が違う。

 一口食べる。


 サクッ。


 その音だけで心が少し弾んだ。

 魔物との戦いでは、こんな音を聞くことなどなかった。

 聞こえるのは剣と爪がぶつかる音。

 鎧が砕ける音。

 誰かの悲鳴。

 そんな毎日だった。

 だからこそ、この静かな音が不思議なくらい心へ染みてくる。


「不思議だな」


 レオナが呟く。


「腹を満たすだけなら肉の方がいいはずだ」

「そうですね」


 ケンジは頷く。


「でも料理って、それだけじゃないんです」


 スープを器へ注ぐ。

 透き通った黄金色。

 太陽玉ねぎだけで取った出汁は、見た目以上に深い香りを放っていた。


「これも飲んでみてください」


 少女は器を両手で包み、一口すすった。

 優しい温かさが喉を通る。

 玉ねぎの甘みが体中へ染み渡っていく。


「……落ち着きます」


 自然と頬が緩んだ。

 少女はもう一口、ゆっくりとスープを飲んだ。

 温かい。

 ただ温かいだけではない。

 飲み込んだ瞬間、胸の奥までじんわりと熱が広がっていく。


 身体の力が自然と抜ける。

 気付けば肩の緊張までなくなっていた。


「こんなスープ……初めてです」

「玉ねぎだけなんですよ」

「これが……?」


 少女は驚きを隠せない。

 こんなにも豊かな味が、野菜だけで生まれるなんて思ってもいなかった。


「疲れていた心まで温かくなるみたい」


 ケンジはその言葉を聞いて、胸がいっぱいになった。

 少女は夢中で皿を空にしていた。

 最後に残った一欠けらまで丁寧にフォークで集める。

 ソースも残したくない。

 思わず皿を眺めてしまう。

 食べ終わってしまった。


 もっと食べたい。


 そんな気持ちになる料理は初めてだった。

 ケンジはその様子を見て、小さく笑う。

 料理人にとって、皿が空になることほど嬉しいことはない。


 無言で食べ進めてくれる。

 最後まで残さず食べてくれる。

 それだけで、「美味しい」という言葉以上に伝わるものがあった。


 料理人になって良かった。


 異世界へ来て良かった。


 そう思えた瞬間だった。


 食事を終えた少女は、小さく息を吐く。


「ごちそうさまでした」


 その表情は、店へ入ってきた時よりもずっと柔らかかった。


「本当においしかったです」

「そう言っていただけるのが、一番嬉しいです」


 少女は少し名残惜しそうに空になった皿を見つめていた。

 もう一度食べたい。

 そんな気持ちが自然と湧いてくる。

 だが、それ以上に思ったことがある。

 この場所は不思議だった。

 店へ入った時は少し緊張していた。


 知らない料理。


 知らない料理人。


 初めて入る店。


 それなのに今は、帰るのが少し惜しい。

 もっとここで話をしていたい。

 そんな気持ちになっていた。


「あの……お願いがあるんです」

「はい?」

「また食べに来てもいいですか?」


 ケンジは迷わず頷いた。


「もちろんです」

「今度は父も連れてきたいです」

「大歓迎ですよ」


 その返事を聞いた少女は、本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ていたレオナが、小さく呟く。


「……やっぱり料理は、人を笑顔にするものなんだな」


 ケンジは静かに頷く。


「僕は、それが見たくて料理を作っています」


 少女は席を立つ。


「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、来てくださってありがとうございました」


 深く一礼し、少女は店を後にした。


 カラン――。


 ベルが鳴る。

 扉が閉まり、静けさが戻る。


 しかし店の外では、その一部始終を見つめる男が一人いた。

 黒い外套を羽織った壮年の男。

 少女付きの護衛ではない。

 少し離れた建物の陰から、食堂を静かに見つめている。


 男は食堂ではなく、周囲をじっくり観察していた。

 建物は、間違いなく昼間までは存在していなかった。

 目撃証言も一致している。

 突然現れ、突然消えるという奇妙な建物。

 それだけでも十分に調査対象だった。


「報告通り……突然現れた食堂か」


 だが、それ以上に気になったのは中にいた青年だった。

 男は小さく呟く。


「しかも、お嬢様があれほど笑顔になるとはな」


 市場でお嬢様を助けた青年。

 聞いたこともない料理を作る青年。

 そして、お嬢様をあれほど自然に笑顔にした青年。


「……ただの料理人ではあるまい」


 男は静かに目を細める。

 領主様へ報告すべきか。

 それとも、もう少し様子を見るべきか。

 彼は懐から一冊の紋章入りの手帳を取り出した。

 そこには短く書き記す。


 ――調査継続。


 その文字を書き終えると、男は夕闇へ静かに姿を消した。


 ケンジはまだ知らない。


 自分の作る料理が、一人の少女だけでなく、この町そのものの運命を少しずつ変え始めていることを。

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