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元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


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13/13

境界への道

 翌日の昼前。

 店の前を掃除していたケンジは、一台の立派な馬車が止まる音に顔を上げた。

 扉が開き、昨日の少女が嬉しそうに駆け寄ってくる。


「ケンジさん!」

「おはようございます」

「宣言どおり、お父様を連れてきました!」


 馬車から降りてきたのは、五十代ほどの威厳ある男性だった。

 身なりは質素だが、一つひとつが上質な品だと分かる。

 その後ろには、昨日食堂を見張っていた壮年の護衛も控えていた。

 と言っても、ケンジは知る由もない。


 男はケンジを見るなり、静かに頭を下げる。


「昨日は娘が失礼した。私はこの町を預かる領主、アルベルトだ」


 ケンジは慌てて頭を下げ返した。


「こ、こちらこそ初めまして!ケンジと申します」

「娘から、お前の料理の話は何度も聞かされた」


 アルベルトは苦笑する。


「一晩中『また食べたい』と言われてな」


 少女は照れ臭そうに頬を赤らめた。


「だ、だって本当においしかったんですもの……」


 その様子にレオナも小さく口元を緩める。

 昨日ケンジの料理を食べた少女が、こんなにも表情豊かになっている。

 それだけで、この食堂の価値は十分に伝わっていた。


「今日は何を作ってくださるんですか?」

「そうですね……」


 ケンジは厨房を見回し、静かに微笑む。


「家族で食べる料理にしましょう」


 その日、店には穏やかな笑い声が響いた。


 領主も。


 少女も。


 護衛の男も。


 そしてレオナも。


 同じ料理を囲み、同じ時間を過ごした。


 食べ終えたアルベルトは、しばらく何も言わなかった。

 やがて湯飲みを置き、ゆっくりと口を開く。


「……料理とは、腹を満たすものだと思っていた」


 視線は空になった皿へ向いている。


「だが違うな」


 ケンジは静かに耳を傾けた。


「人の心まで満たすものだったか」


 その言葉に、ケンジは少し照れながら笑う。


「僕は、そう信じています」

「だから料理を?」

「料理しかできませんから」


 ケンジは笑って答えた。


「でも、料理だからこそできることもあると思うんです」


 アルベルトは大きく頷いた。


「お前は、この町に残るつもりはないのか?」


 レオナがケンジを見る。

 少女も、護衛も答えを待っていた。

 ケンジは少しだけ考え、窓の外へ目を向ける。

 この町にも、美味しい料理を待っている人がいる。

 でも、きっと他の町にも。

 もっと遠くにも……腹を空かせた人がいる。

 笑顔を忘れてしまった人がいる。


「旅をしようと思います」


 その言葉に、レオナは小さく息を吐いた。


「そう言うと思っていた」

「止めますか?」

「いや」


 レオナは苦笑する。


「お前はそういう男だ」


 そして立ち上がる。


「だったら私も行こう」

「え?」


「一人では三日も生き残れないだろう」

「そ、それは……否定できません」

「私も特に目的もない。美味い料理が食べれるなら護衛くらいはしてやる」


 ぶっきらぼうな言葉だった。

 けれど、その瞳はどこか穏やかだった。

 アルベルトは二人を見比べ、小さく笑う。


「なら、一つだけ餞別をやろう」


 机の上へ一枚の地図を広げる。


 王国。


 獣人国。


 エルフの森。


 魔族領。


 様々な国が描かれている。

 その中央に一本の長い赤線が引かれていた。


「ここは『境界』と呼ばれる土地だ」


 レオナの表情が少しだけ引き締まる。


「人間と魔族が何百年も争い続けてきた場所……」

「今は停戦しているが、互いに憎しみは消えていない」


 アルベルトは静かに続けた。


「だから誰も近づかない」

「……」

「だが、お前の料理なら」


 アルベルトは真っ直ぐケンジを見る。


「戦争では埋められない境界を埋められるかもしれん」


 店内が静まり返る。

 ケンジは地図を見つめた。


 人間。


 魔族。


 敵。


 味方。


 料理人だった自分には関係のない言葉だった。

 ただ一つ、思うことがある。


「お腹が空くのは、みんな同じですよね」


 その一言に、アルベルトは声を上げて笑った。


「はははっ! 違いない!」


 レオナも思わず笑みをこぼす。


「本当に、お前らしい答えだ」


 ケンジは少し照れくさそうに頭を掻いた。


「いつか、その境界に食堂を開いてみたいです」


 誰もが武器を置き。


 同じテーブルを囲み。


 「いただきます」と「ごちそうさま」を言い合える場所。


 そんな食堂を。

 作ってみたい。

 店を出る頃には、夕日が町を赤く染めていた。

 少女は名残惜しそうに手を振る。


「また来てくださいね!」

「はい。約束します」


 レオナは荷物を肩に担ぐ。


「行くぞ、ケンジ!」

「はい」


 二人は並んで歩き出した。

 夕日に照らされる長い街道。

 その先には、まだ見ぬ景色と、まだ出会ったことのない人々が待っている。


 腹を空かせた誰かのために。


 笑顔を失った誰かのために。


 料理人は今日も火を入れる。


 ――これは、いつか人と魔族が同じ食卓を囲む、その日までの物語。


 境界料理人ケンジの旅は、ここから始まる。

【あとがき】


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。


本作は、異世界で料理人として生きるケンジと、レオナとの物語を長編として描いていく予定で構想していました。


ですが思うように作品を読者の皆様へ届けることができず、悩んだ末に第一章という形で一区切りとさせていただくことにしました。


正直……少し悔しい気持ちはあります。


それでもこの作品を書いている時間はとても楽しく、料理の描写や登場人物たちのやり取りを書くたびに「やっぱり物語を書くのは楽しいな」と改めて感じることができました。


ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。


評価やブックマーク、感想をくださった方々には心から感謝しています。一つひとつが執筆を続ける大きな励みになりました。


この作品はここで完結となりますが、また次回作では、もっとたくさんの方に楽しんでいただける作品を書けるよう挑戦していきます。


もしどこかで私の作品を見かけた際は、また読んでいただけると嬉しいです。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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