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元最強女騎士はお人好し料理人に胃袋をつかまれる  作者: モーヒアス


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10/13

開店準備

 翌朝。

 宿の窓から差し込む朝日で、ケンジは目を覚ました。


「よく寝た……」


 異世界へ来てから、まだ数日しか経っていない。

 それなのに、この町へ来てから少しだけ肩の力が抜けていた。

 冒険者証もある。

 お金もある。

 そして、今日。

 初めて異世界の人へ、自分の料理を振る舞う約束をした。

 料理人として、これほど嬉しいことはなかった。




 宿で朝食を終えた二人は市場へ向かっていた。


「あの娘に何を振舞うんだ?」


 レオナが尋ねる。


「まだ考え中です。でもここの食材のみで作ろうと思ってます」


 ケンジは迷いなく答えた。


「この町で最初のお客さんです。ここの野菜だけで料理を作ってみたいんです」

「肉は使わないのか?」

「今日は使いません」

「本当に野菜だけなんだな」

「野菜は主役にもなれますから」


 レオナは苦笑した。


「その発想は料理人だけだ」




 

 昨日買ったルーン芋。


 太陽玉ねぎ。


 銀豆。


 今日はさらに、翡翠色の葉野菜や、拳ほどもある真っ赤な茸も買い足した。


「これは?」

「森茸だ」

「火を通すと甘くなるぞ」

「へぇ……」


 見る物すべてが新鮮だった。

 料理人の血が騒ぐ。




 昼過ぎ。

 二人は町外れまで歩いてきた。

 そこには使われていない古い広場があった。

 石畳は残っているが、人影はない。


「ギルドには昨日話を通してある。ここなら使っても良いらしい。ただ『一日だけ食堂をしたい』と言うとかなり怪訝な顔をされたがな」

「ありがとうございます」


 レオナが周囲を確認する。


「今のうちに出せば、人は来ないだろう」

「はい、ここを使わせてもらいます」


 ケンジは静かに頷き、目を閉じる。

 頭の中へ、あの日の食堂を思い浮かべる。

 

 木の床。

 

 磨かれたカウンター。


 厨房。


 包丁。


 寸胴鍋。


 ベル。


 そして、小さく呟いた。


「――異世界食堂」


 淡い白い光が石畳を包み込む。


 ゴゴゴ……


 静かな地響き。


 何もなかった場所へ、一軒の木造の建物がゆっくり姿を現した。


「……何度見ても信じられんな」


 レオナが呟く。

 ケンジも思わず笑う。


「僕もです」


 扉を開く。


 カラン――。


 優しいベルの音が響いた。


     


 店内へ入る。


 昨日と変わらない光景。


 磨き上げられた厨房。


 整然と並ぶ調理器具。


 棚には調味料がぎっしり並んでいる。


「さて……」


 ケンジは腕まくりをした。


 冷蔵庫を開ける。


 日本の食材も並んでいる。


 だが今日は使わない。


「今日は全部、この世界の食材だけで勝負します」

「楽しみにしている。もちろん私の分もあるんだろう?」

「はい、もちろんです!」


 ケンジは笑った。


「そろそろ時間だ。私はあの娘にこの場所を伝えに行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」


(さーて、やるぞっ!)


 野菜を一つずつ並べる。


 ルーン芋。


 太陽玉ねぎ。


 銀豆。


 翡翠菜。


 森茸。


 見慣れない食材ばかり。

 包丁を手に取る。

 するとまた、頭の中へ知識が流れ込んだ。


(なるほど……)


 ルーン芋は加熱すると粘りが出る。

 森茸は油と相性がいい。

 太陽玉ねぎは茹でると美味しい出汁がとれる。

 知らないはずなのに、自然と理解できた。


「便利なスキルだ。日本にいる時にもこのスキルが欲しかった」


思わず一人ごちる。


「今日も絶対、美味しくできる!」


 ケンジはまず、大きな木のボウルへ銀豆を移した。

 見た目は銀色だが、表面は薄い皮で覆われている。


「まずはこれからだな」


 水へ浸すと、不思議なことに銀色だった皮がゆっくり透き通り中から淡い翡翠色が現れた。


「へぇ……」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 スキルのおかげで知識では知っていた。

 だが実際に目にするのは初めてだ。

 隣ではルーン芋の皮を剥く。

 包丁を入れると、ほくほくした黄色い断面が現れた。

 日本のじゃがいもにも似ている。

 しかし鼻を近づけると、どこか栗のような甘い香りがした。


 続いて森茸を厚めに切る。

 包丁を入れた瞬間、ふわりと森の香りが立ち上った。


「これは……すごい」


 日本の椎茸とも舞茸とも違う。

 もっと深く、木漏れ日の中を歩いているような香りだった。


「こんな茸があるなんて……面白いなぁ……」


 思わず笑みがこぼれる。

 料理人にとって、新しい食材との出会いは宝探しのようなものだった。


 知らない食材。


 知らない香り。


 知らない味。


 それらをどう組み合わせれば、一番おいしくなるのか。

 考えるだけで胸が躍る。

 包丁を動かす手も自然と軽くなる。


 トントントントン――。


 一定のリズムで野菜が切り揃えられていく。

 

 その音を聞きながら、レオナは腕を組んでいた。


「その音も、妙に心地いいものだな」

「あ、レオナさん!お帰りなさい」

「ただいま。戦場で聞く音とは正反対だ」


 ケンジは少しだけ手を止めた。


「料理人って、不思議なんです」

「何がだ?」

「この音を聞くだけで落ち着くんですよ」


 包丁をまな板へ置く。


「僕にとって厨房は、一番安心できる場所なんです」


 その言葉に、レオナは何も返さなかった。

 ただ静かに厨房を見回す。

 

 磨かれた包丁。


 整然と並ぶ鍋。


 使い込まれているのに美しい木べら。


 どれも持ち主に大切に扱われていることが、一目で分かった。

 戦場では武器が命を守る。

 ここでは包丁が、人を笑顔にする。

 同じ刃物なのに、役目はまるで違う。

 そんなことを思いながら、レオナは小さく息を吐いた。


 その頃ケンジは、大鍋へ太陽玉ねぎを丸ごと入れていた。

 じっくり時間をかけて火を通す。

 知識によれば、この野菜は煮込むほど甘味とうま味が溶け出すらしい。


「出汁になる野菜か……」


 日本では玉ねぎも甘味を出す。

 だが、この世界ではそれ以上らしい。

 鍋から立ち上る湯気を吸い込む。


「もう甘い……」


 煮込み始めたばかりなのに、店内へ優しい香りが広がっていく。

 思わず頬が緩む。

 異世界へ来た不安も、この瞬間だけは忘れていた。


 知らない食材。


 知らない味。


 料理人として、新しい世界へ挑戦できる。

 それだけで十分幸せだった。

 ケンジはフライパンを火へかける。

 油をひき、森茸を静かに並べた。


 ジュゥゥッ――。


 心地よい音とともに、香ばしい香りが一気に厨房いっぱいへ広がる。

 レオナの鼻がぴくりと動いた。


「また腹が減ってきたぞ」


 その一言に、ケンジは思わず吹き出す。


「まだ前菜にもなってませんよ」

「料理というのは恐ろしいな」


 レオナも珍しく笑う。

 料理はまだ始まったばかり。

 それなのに、食堂の中はもう幸せな香りで満たされていた。




 夕暮れ。

 厨房には心地よい包丁の音が響いていた。


 トントントントン……


 野菜が次々と美しく切り揃えられていく。

 鍋では玉ねぎがグツグツ茹でられる。

 森茸は香ばしく焼かれ。

 ルーン芋は湯気を立てている。


 厨房いっぱいへ、優しい香りが広がっていく。

 レオナはカウンター席からその様子を眺めていた。


(料理というのは……こんなにも楽しそうなものなのか)


 戦場では味わったことのない空気だった。

 誰かを倒すためではない。

 誰かを喜ばせるためだけに動く時間。

 その静かな光景を見ているだけで、不思議と心が穏やかになっていく。


 やがて外から、小さく足音が聞こえた。


 コツ……コツ……


 約束の時間。

 ケンジにとって、この世界で初めて迎える正式なお客様が、扉の向こうまで来ていた。


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