第七話 『茂団高校の生きる伝説&発狂三つ編みおさげガール』
西暦2082年5月18日 月曜日 午後3時31分
担任の長谷部先生が教室を出て行き、辺りは「イヤッホォォォォ!!」って感じで超賑やかになる。帰りのホームルームが終わったのだ。これから何処に遊びに行こうか等と談笑しているクラスメイトがいて、いつもの放課後の風景だ。
友達がいない所謂ボッチな僕は、この空気に耐えられるはずもなく、さっさと鞄を持ってさっさと帰宅しようと廊下を歩いている。
(やっぱり、何か部活動をやった方がいいのかも知れない)
流石に卒業するまで、放課後になる度にこんな寂しく退屈な思いをしていたら、僕の精神が持たないと思う。
帰宅しようと学校の玄関を目指して歩いていたけど、立ち止まる。
このまま真っ直ぐ帰宅しても特にやる事がないし、暇なだけだろう。
前にも見たけど、もう一度部活動を見て回るのもいいかもしれない。何か部活動をやれば暇を潰せるし、友達が出来るかもしれない。そう思った僕は帰宅するのを取り消して、色々部活を見て回る事にした。
僕は運動があまり得意ではないので、文化部を中心に見て回っている。
演劇部や書道部、茶道部など軽く見学させてもらったけど、やっぱりどれもあまり興味を引く部活はなかった。
(いやむしろ逆に、僕の興味がある事ってなんだろうか?)
廊下のど真ん中で考え始める。
小説や文庫本はよく読むけど、暇つぶしに読んでいるだけだし、そこまで興味があるというわけでもない。
一応、少しは料理を作れるけど……母さんが夜勤の間だけで、そうじゃなかったら自分から作ろうとはしないだろう。
(興味のある事、興味のある事か……あっ)
一つだけある、遺物だ。
先週にゴダちゃんのお家を直した事で、僕の中で何かが変わりつつある。
実際の遺物と関わってみて、世間一般の遺物への認識に疑問を覚えたのだ。
世間一般の遺物の認識は間違っているんじゃないか?と。
(まぁ、でも……遺物関係の部活なんてあるわけないよな……)
次は美術部を見学しようと思って、廊下を歩き始める。
廊下の角を曲がり、ある戸を通り過ぎて……足を止めた。
(あれ?いくらなんでも見間違いだよな?)
一歩下がって通り過ぎた戸を確認してみる。
戸には紙が張ってあり、その紙には達筆な文字で『遺物研究同好会』と書かれているのだ。
僕は目を丸くした。
目の前の戸に張ってある紙の文字に驚いて固まっている。
いやだってそうだろう、遺物関係の部活なんてないよなぁ……なんて思って1分も経たずに遺物関係の部活を見つけてしまったんだから。
もう一度紙に書いてある達筆な文字を見てみる。
『遺物研究同好会』
何度見ても変わらない。
(遺物って、あの土器とか石器とかの方の意味の遺物じゃないよね……)
現代では基本的に遺物は生産されなくなった物、ガラクタ、人に悪影響を及ぼす物、不要な物の意味の方で使われるはずだ。
いやでも、世間からガラクタ扱いされている遺物の部活だなんて一体何をするんだ?
もしかしたらやっぱり、土器とか石器の方なのかな……?
(駄目だ、考えても分からない……)
なら直接覗いてみるしかない。そう思った僕は、右手を握り締めて戸にノックをしようと……
「ウェルカム トゥ アンダーグラウンド……」
と、いきなり男性の声で右耳に囁かれた。
僕は突然の事にびっくりして「ちくわヴ!!」と謎の叫びをして一歩退き、声のした方向に顔を向ける。
そこにはとても背が高い男子生徒が立っていた。短髪で眼鏡を掛けており、身長は五十嵐さんより高い。
「いやぁ、すまんすまん。脅かすつもりはなかったんだが」
その男子生徒は右手で頭をかきながら、ちょっと困ったような表情をする。
(あれ、この人……どこかで見た事あるような?)
その男子生徒の上履きを見てみる。色は赤、つまり二年生。(学年毎に上履きの色は違っており、一年生は緑、二年生は赤。三年生は青)
(二年生で眼鏡を掛けた背がとても高い男子生徒……って、まさか!)
見た事はないけど、知っている。噂で聞いた事がある。この茂団高校には、生きる伝説がいると。
学校の屋上のフェンスをよじ登り飛び降り、五接点着地法で無傷。テニスの試合で分身した。球技大会の野球でバントで場外ホームランを出した。午後ティーを午前中に飲んだ。連休に山篭りをし、熊と仲良くなる。連休明けに熊に乗って登校。山篭りの成果で動物と喋れるようになった。バスケットボールの試合はどこからでもシュートを放てる。ご飯の時は必ずいただきますとごちそうさまを言う。イチャモンをつけてきたチンピラを一睨みしたら吹っ飛んだ。たい焼きが超好き。
それに加え、様々な資格を持っているらしい。書道二段、柔道三段、空手三段、剣道三段、日本馬術連盟 A級資格、気象予報士、温泉旅行検定 温泉旅行博士、茶道 超暗黒流 茶名、着付け技能士、箸検定 箸ソムリエ、コーヒーマイスター、けん玉検定認定者……等々。
数々の伝説を現在進行形でこの茂団高校に残し、現在はひよこ鑑定士を目指して勉強中の生徒が背がとても高い眼鏡を掛けた二年生だったはずだ。確か名前は……川島 修治さん。
(いや、でも人違いかもしれない。二年生で背がとても高くて眼鏡を掛けた男子生徒なんて他に一人くらいはいる……のか?)
まぁ、目の前の男子生徒が仮に茂団高校の生きる伝説でもいいか。どうして声を掛けてきたんだろう?
「あの、何か用ですか?」
彼の身長は180cmくらいだろうか、見上げないと顔が見れない。
「ああ、君が部室の前にいたから気になってね。遺物研究同好会、略していぶけんに何か用かい?」
(部室……って事は、彼は遺物研究同好会の部員だろうか?)
「用というか…えっと、貴方はここの部員ですか?」
「うん、部員っていうか、部長って事になっている」
まさか目の前の人物が遺物研究同好会の部長なんて思わなかった。普通、部長は三年生だし。
「あの、すみません。遺物研究同好会の詳しい話を聞きたいのですが、いいですか?」
「ああ、いいとも。さぁどうぞ」
部長が戸を開けてくれたので、僕は「失礼します」と言って中に入った。
「お、杉崎いたのか。お客さんだ」
部長が部室にいる椅子に座って本を読んでいる女子生徒に声を掛けた。
杉崎と呼ばれた女子生徒は本から顔を上げ、僕と部長を見ている。
三つ編みのおさげ髪の女子生徒で、見た目は優しそうで少し儚げな雰囲気がある。
「あら、珍しい。ここに何の用かしら?」
「いぶけんの話が聞きたいらしい。なっ?」
最後の「なっ?」の時に後ろから部長が僕の首に右腕をまわす。見た目は少し怖いけどフレンドリーな性格らしい。
「ええ、そうで……って!? 大丈夫ですか!?」
部長に返事をしようとして、目の前の杉崎さんの鼻から一筋の血が滴っているのが見えて僕は慌てた。
「大丈夫って……何がよ? ハァハァ……フヒィ……」
杉崎さんは鼻血に気付いていないようだ。っていうか、顔を赤くして息を荒らげている。何かの病気だろうか?部長が声を掛ける。
「杉崎、鼻血出てるぞ」
「え……ハァ?」
杉崎さんがポケットからちり紙を取り出し鼻を拭う。拭った後のちり紙を見て、困惑した……かと思ったら、椅子に右足をドンッ! と乗せ僕と部長に指差して叫ぶ。
「男同士でイチャついている所を見せるんじゃネェェェェーーッ!! テメェラさっさと離れやがれスカタン共がァァァァァァッ!!」
さっきまでの優しそうな見た目はどこにいったのか、目を見開き大口を開けて叫ぶ杉崎さんはもはや別人で超怖い。夢に出そうだ。
部長は慌てて僕の首に回した右腕を戻す。僕はあまりの彼女の豹変ぶりに驚き一歩後ろに下がる。
「よし、それでいい……ハァハァ……」
ちり紙を千切って丸めて両鼻に突っ込み、荒い呼吸を繰り返す杉崎さん。一体何なの?僕何かした?
「あの、部長……一体、何なんですか?」
声を潜めて部長に質問をし、部長が僕の右耳に口を近づけて囁く。
「俺もよく分からんのだが、発作…のようなものらしい。しばらくしたら収まる」
5分後、何事もなかったように杉崎さんは椅子に座った。
「ごめんなさいね、発作のようなもので」
さっきまでの豹変ぶりが嘘のように、杉崎さんは背筋を伸ばしてお行儀良く椅子に座っている。
「はぁ……大変ですね」
発作なら病気なんだろうか?なんだか深く追求したらさっきみたいにまた豹変するんじゃないかと思って、当たり障りのない言葉を選ぶ。
「よし、杉崎も落ち着いたみたいだし、彼にいぶけんの話をしようか」
部長が椅子を二個持ってきて、片方は僕の足元に置き、もう片方は部長の足元に置いた。
僕は「ありがとうございます」っとお礼を言って、椅子に座った。
「まずは自己紹介をしようじゃないか。俺は川島 修治だ。あ、ちなみに2年1組な」
部長が先に自己紹介をする。思ったとおり、この人は茂団高校の生きる伝説らしい。
「私は2年4組の杉崎 彩乃よ」
さっき発作(?)を起こして叫んでいた杉崎先輩が自己紹介をする。
現在ここにいる部員はこの二人だけのようだ。
「僕は1年1組の高橋 洸です」
特に長々と話す事もないので、僕の自己紹介はあっさりしたものとなる。
「ふむ、高橋君か。それでいぶけんに何の用だい?普通の人なら部室をスルーしまくりなんだが」
それは僕が普通じゃないと言っているのか……まぁ、遺物に興味があるので普通じゃないのかもしれない。
「あの、確認ですけど……遺物研究同好会の遺物って…過去に生産されなくなった物やガラクタの方の遺物ですよね?」
「そうだが」
ほっ、と安心する。土器や石器の方じゃないのか、良かった。
「えっと、僕……遺物に興味があって……ここって何をする部活なんですか?」
「ほう、遺物に興味があるとは、なかなか見所がある」
川島先輩が立ち上がり、僕に背を向けてを窓の方に歩いていく。
「何をする部活、か……ならば答えよう!!」
川島先輩は突然バッと振り返り、右手の人差し指を僕に向け膝カックンをされた直後の人のような奇妙なポーズを取る。
「遺物に関する事なら何でもいいのだ! 各個人の自由!!」
「自由、ですか……?」
自由と言われても、アバウトすぎて逆に困る。
「そう、自由だ。ちなみに俺は遺物にどんな面白いの物があるかを探す為、二週間前にこの部室を借りた。まぁまだ色々と問題があるが」
二週間前ってごく最近じゃないか…どうりで、今まで遺物研究同好会を見かけなかったわけだ。
「杉崎は……何でいぶけんに入ったんだっけ?」
川島先輩が妙なポーズのまま首を杉崎先輩に向けて尋ねる。そのポーズ、足とか辛くないのかな…。
「私はボー…、ではなく! 遺物扱いになった昔の書籍に興味があるんです」
遺物扱いになって生産されなくなった書籍は多い。例えば漫画である。世間一般では漫画は子どもが読む物という認識が強く、大人向けの漫画は遺物扱いになっている。
「で、高橋は? 遺物の何に興味がある?」
川島先輩は首を僕に向けた。その妙なポーズが辛くなってきたのか、足がプルプル震えている。無理しないで川島先輩!!
「僕は……」
話していいんだろうか? 変な顔されないだろうか?
チラッと川島先輩と杉崎先輩を見る。
(遺物に興味を持つ事自体、世間では変な事なんだ。この人たちなら話しても大丈夫……だと思う)
一旦深呼吸をして、話し始める。
「僕は遺物の世間一般の認識に興味があるんです。先週、実物の遺物を触りましたが、世間に言われている遺物とまったく印象が違ってました。どうしてこうも違いがあるのか、それを調べたいんです」
遺物は生産されなくなった物、ガラクタ、人に悪影響を及ぼす物、不要な物等、負のイメージが強い。
けどガンちゃんのお家やゴダちゃんのお家は、五十嵐さんと美雪ちゃんにとても大事にされている。それも家族同然に。
「ほう、面白い……」
川島先輩に限界が近づいて来たのか、顔は汗だらけだ。足もプルプルどころかブルッブルッしている。川島先輩もうやめて!!
「私も遺物の世間の認識は気になるわ。あんな素晴らしい本を遺物扱いだなんて……いえ、何でもない!!」
杉崎先輩が何かを言い掛けて、急に首を右に逸らす。
杉崎先輩を見て一体何を言い掛けたんだろうか……と思っていたら、川島先輩の方から突然「バタァン!!」と音がした。驚いて川島先輩の方に首を向ける。
妙なポーズに足が耐え切れなかったのか、川島先輩が仰向けに倒れていた。
「高橋君、入部許可……!」
川島先輩が顔中汗だらけで超爽やかな笑顔を僕に向け、握っている右手の親指を立てる。
(いや、あの……僕、今回は話を訊きに来ただけなんですけど……)
そんな事が言える雰囲気ではなく、どうやら僕の入部は決まったようだ。




