第六話 『とりあえず一件落着っぽい何か』
西暦2082年5月14日 木曜日 午後5時13分
茂団市総合病院を出て、夕日が照らす住宅街を五十嵐さんと一緒に歩いている。
今、僕は五十嵐さんと美雪ちゃんのお見舞いが終わって帰るところだ。
本当は僕はお見舞いに行くつもりはなかった。ゴダちゃんのお家を直したのはカリンさんだし、僕は役に立たなかったから美雪ちゃんに顔を見せ辛かったんだ。
今日の昼休み、五十嵐さんと学校の屋上の扉の前に一緒に行き、ゴダちゃんのお家をカリンさんと一緒に直した事を話した。ゴダちゃんのお家を五十嵐さんに渡そうとしたけど、「それは高橋が直接美雪に返してやってくれ」と言われたので、放課後に五十嵐さんと一緒に美雪ちゃんのお見舞いに行く事になった。
気になる人と並んで歩くのは、なんだか照れくさくて恥ずかしい。
五十嵐さんの顔をチラッと見てみる。夕日に照らされて茜色に染まった五十嵐さんの横顔はいつもの無表情とは違い、何だか優しそうに見えた。
五十嵐さんが「高橋」と僕の苗字を呼んで、こちらを見る。目が合った。なんだか盗み見がバレたような罪悪感を感じて、慌てて首を正面に戻す。五十嵐さんはそんな事を気にしていないのか、話を続ける。
「昨日は一緒にゴダイゴの家を直すと言ったのに、私はまったく役に立たなかったな。すまない」
「そんな事はないですよ。五十嵐さんからゴダちゃんとお家の事を教えて貰えたから、直せたんです。それに……」
五十嵐さんの目をまっすぐ見て、口を開く。
「僕はまったく役に立たなくて、全部カリンさんが直したようなものです」
これは本音だ。僕が『猿でも分かる機械の修理方法!!』読まなくてもカリンさんなら、一人でも原因を見つけて直していただろう。
「いや、高橋のおかげだ。高橋の説得がなかったら、私はゴダイゴの家を直すのをあきらめていた」
説得と言うのは、一緒に探す方法を見つけませんか!? と言ったアレだろう。
改めて思い出すと凄く恥ずかしくて、顔が真っ赤になる。普段は引っ込み事案であんな事とても言えないのに……。あの時はゴダちゃんのお家を直すので必死だったから、言えたんだろう。今夕日が僕を照らしてくれて助かった、僕の真っ赤な顔を誤魔化せる。
「あ、あの……そ、そうだ、美雪ちゃん、凄く嬉しそうでしたね!」
僕の説得の話は恥ずかしいので、話題を変える事にする。
「ああ、ゴダイゴは家族みたいなものだからな」
家族みたいなもの、か……。
さっきの美雪ちゃんを思い出す。
美雪ちゃんにゴダちゃんのお家を返した時、美雪ちゃんはゴダちゃんのお家を両手で抱きしめて、「洸お兄ちゃん、ありがとう……ありがとう……」と泣きながらお礼を言っていた。僕はその姿に恐縮して、クラスメイトのカリンさんがほとんど直した事を話したけど、「洸お兄ちゃんがいなかったら、ゴダちゃんは帰って来なかった」と言われ、結局感謝された。美雪ちゃんがカリンさんにもお礼を言いたいと言ったので、機会があったらカリンさんを連れて来ると約束した。
遺物が家族なんて世間一般だと「何言ってんだお前?」って感じだろうけど、今の僕は不思議と理解できる気がする。
ここ数日、実際の遺物と関わってみて、ある疑問が浮かんだ。
本当に世間一般の遺物の認識が正しいのか?と。
遺物に対する世間の評判は悪い。ガラクタ、人に悪影響を及ぼす物、不要な物。
だけど、五十嵐さんや美雪ちゃんはガンちゃんとゴダちゃんを家族のように大事にしている。
カリンさんが言っていた。「遺物も道具。人間の役に立つ為にに生まれて来たのに、名前も使い方も忘れられるなんて可哀想」と。
もしかして世間は遺物の良い所は忘れて、悪い所しか覚えてないんじゃないんだろうか?
「高橋、どうした?」
五十嵐さんに呼ばれて我に返る。考えに没頭していたようだ。
「す、すみません! ボーっとしてました。何ですか?」
「いや、何か難しい顔をしていたからな」
今は五十嵐さんと一緒に帰っているんだった。
何か話題はないかな、っと頭を悩ませる。異性との会話は慣れていない。
(そういえば、五十嵐さんは何で茂団市総合病院で子ども達に本を読んで上げているんだろうか? ちょっと訊いてみようかな)
「あの、五十嵐さんはどうして総合病院の子ども達に絵本の読んで上げているんですか?」
「ああ、元々は美雪に本を読み聞かせてたんだが、本を読んでいると入院中の他の子ども達が集まって来てな。院長に頼まれて週に何度か子ども達を集めて読み聞かせをする事になった」
(なんて良い人なんだ、五十嵐さんは。やばい、本当に好きになりそう……!)
頬が熱くなり、心臓がバクバクしてる。おおお、落ち着け! 素数を数えて落ち着くんだ、僕!!
(2、4、6、8、10、12……)
よし、何とか落ち着いたな。よく考えたら素数じゃなくて偶数だったけどまぁいいや。
(うーむ、話の間が持たない……何か他に話題は……あ、そうだ)
「えっと、美雪ちゃんって入院していますけど…どこか悪いんですか?」
「美雪は生まれつき心臓が悪い」
「し、心臓って…大丈夫なんですか!?」
つい叫んでしまうほどびっくりした。あんなに明るく振るっている美雪ちゃんが
心臓が弱いだなんて思ってもみなかったから。
「大丈夫だ、昔はしょちゅう入退院を繰り返していたが……今は入院の回数も減ってるし、少しずつ回復してる」
「そっか、良かった……」
安心してフゥー……と息を吐き出す。
「そうだ、迷惑でなければいいんだが」
「なんですか?」
何か頼み事だろうか?五十嵐さんからの頼み事なんて緊張する。
「もし、良かったらでいい。また美雪にお見舞いに行ってくれないか? どうやら美雪は高橋の事を気に入ってるようだ」
「へ…いや、気に入るって僕を!?」
小さい女の子に気に入られるなんて、予想外すぎて驚く。
「ああ、美雪は人見知りする子なんだが……どうやら高橋に懐いてるようだ」
人見知り? あの子が? 初めて会った時の事を思い出す。初対面の美雪ちゃんに振り回されっぱなしだったのに、人見知りだとは到底思えない。
でも五十嵐さんがそう言うならそうなんだろう、多分。
「ええ、僕で良かったらまたお見舞いに行きます。今度はカリンさんを連れて行くって約束もしましたし」
「そうか、ありがとう」
夕日に照らされてた五十嵐さんの顔は、笑っているように見えた。
五十嵐さんと別れてから、僕は一人で家路を歩いている。
ふと足を止め、もう少しで沈みそうな夕日を見る。
以前、美雪ちゃんの病室で僕は窓の外を見て、無性に寂しい感じを覚えた。あれは、多分…美雪ちゃんが一人ぼっちの時に見ていた景色だから、とても寂しく感じたんだと思う。今度カリンさんを連れてお見舞いに行ったら、賑やかになるのかな…いや、あんまりうるさくしたら病院に迷惑だよな……と、今更ながら本当にカリンさんを連れてお見舞いに行くのかと悩みながら、歩き始めた。




