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第五話 『少女はおとなになる ~その大根は何?~』


 西暦2082年5月13日 水曜日 午後3時25分



 帰りのホームルームが終わり、教室内は「自由! 自由!! 自由だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」って感じにガヤガヤと賑やかになる。気になって五十嵐さんを探してみる。彼女はもう既に教室から出ていったようで、姿が見えない。茂団市総合病院に行ったのだろう。

 

 昼休みに僕と五十嵐さんでゴダちゃんのお家を直すと決めた後、五十嵐さんは今日の放課後に用事があるので、僕にゴダちゃんのお家を預けた。今日は茂団市総合病院のボランティアの日で、子ども達に本を読み聞かせて上げるんだって。「今日はゴダイゴの家を直すのを手伝えなくてすまない」と僕に頭を下げて謝っていたけど、「そういう事なら仕方ないよ」と言った。機会があれば、五十嵐さんの読み聞かせ会を見てみたい。

 後、気になっていたのでゴダちゃんのお家の件で美雪ちゃんを怒るか聞いてみた。「壊れてしまったのはしょうがない、怒るわけないだろう」と彼女は言っていたので、僕は安心した。


 これからやる事を頭の中で纏めて席を立ち、僕は職員室に向けて歩き出した。


 僕は「失礼しまーす」と言いながら、職員室の戸をガラッと空けた。目的の人物がいないか室内を見渡すと……すぐ見つけた。

 薄い頭髪のおじさん先生――竹田 天使先生は、自分の席でのほほんと湯のみでお茶を飲んでいた。


(竹田先生は近代現史の先生だし、遺物の事を何か知っているかもしれない)


 戸をそっと閉め、竹田先生に横から近づき、声をかける。

「あの、竹田先生」

「ん? ああ、君は確か1年1組の……名前はなんだったかな?」

 僕の方に顔を向け、湯気が立っている湯飲みを机に置く。

「高橋 洸です」

「ああ、そうだったね。ごめん、まだ1年性の名前は全員覚えてなくてね」

 まだ1年生が入学してから二ヶ月も経ってなく、1年生は全員で120人近くいる。

 覚えてなくても無理はないだろう。

「いえ、それはいいんですけど……あの、訊きたい事があるんです」

「うん、何かな? 授業で何か分かんないとこでもあったかい?」

 竹田先生は椅子をクルっと回し、体をこちらに向けた。

「竹田先生は、遺物について詳しいでしょうか?」

 他に良い言い方が思いつかないので、単刀直入に訊いてしまった。

 竹田先生は僕の質問がよく分からないようで、少し困った顔をした。

「うーん、遺物か。詳しいって、種類とかの話かい?」

「いえ、あの……仕組みの事なんですけど……どうやって動いているとかの……」

 遺物の仕組みに詳しい人なら、ゴダちゃんのお家を直せると思ったのだ。

 竹田先生は目をまん丸にして驚いているようだ。そりゃ遺物の仕組みを知ろうとする人なんてまずいない。

「どうして遺物の仕組みを知りたいか、理由は分からないが……まぁ事情があるんだろう。けど、すまない。私は遺物の仕組みについては知らないんだ。教科書に載っているいくつかの遺物を教えるくらいしか私にはできない」

 生徒の役に立てなかったのか、しょんぼり落ち込む竹田先生。やっぱりこの先生は生徒の事を想ってくれる良い先生だな、と思った。何だか竹田先生に無茶な事を訊いて罪悪感を感じた。

「いえ、あの! いいんです! 変な事を訊いてすみませんでした!」

 慌てて職員室を出ようとして竹田先生に背を向く、そこで背後から「まぁ待ちなさい」と竹田先生の声が聞こえた。

 足を止めて振り向く。「役に立つか分からないけど……」と前置きし、竹田先生は喋り始めた。

「もしかしたら、機械の修理屋さんなら遺物の仕組みに詳しいかも知れない。遺物のほとんどが機械だし、共通点が多いんじゃないかな?」


 機械の修理屋とは、名の通り一般的に使われている機械を直す職業の人だ。略して修理屋とも呼ばれている。

 例えばどの家庭にもあるテレビや掃除機、太陽光発電機など大抵の物は個人で直す事ができる。

 元々は電気屋さんが機械の修理をしていたのだけど、原子力発電機と火力発電機

が地球の環境の為に使われなくなったので、工場の質が落ちた。その結果、生産された物に不具合や故障が相次ぎに発生し、電気屋さんだけじゃ手に余るので、機械に詳しい人が修理を商売にし始めたのが修理屋さんの起源だ。

 現在は工場の質は安定しており、不具合や故障は少なくなった。なので修理屋さんは減少の傾向にある。


 少しだけ、道が開けたような気がした。


 僕は竹田先生に「ありがとうございました!」と礼をし、職員室を後にした。


 竹田先生から有力な情報を頂いたのはいいけど、遺物の修理をしてくれる修理屋さんなんて僕は知らない。っていうか知り合いに修理屋さんすらいない。

 僕の家の機械が壊れた時、頼めば来てくれる修理屋さんはいるけど……あの人は、父さんと母さんの知り合いだし、僕自身の知り合いというわけではない。母さんに頼んで知り合いの修理屋さんを呼ぼうとしても、何を壊したか追及されるだろうし、とても面倒な事になるだろう。

 というか、世間からいらないガラクタ扱いされている遺物を直そうとする修理屋さんはいるだろうか?頼んだらで僕が変人扱いされるんじゃないだろうか?


 せっかくゴダちゃんのお家を直す手掛りをを見つけたのに、また新たな問題が発生した。職員室の前で立ち止まって目を閉じて一生懸命考えていると、

「高橋くん」

 と後ろから女性の声が聞こえたので、目を開き振り返る。

 1年1組の担任、長谷部 真子先生が立っていた。

「あ、長谷部先生なんですか?」

「右手の怪我は大丈夫?どうして授業中にあんな怪我したの?」

 僕が1時間目の終了直後に気絶したんで、心配してくれているのだろう。

 あなたの授業で寝るのが怖いので、眠気を覚ます為にコンパスの針で右手の平を刺した、なんて本人の前ではとても言えない。

 その事は「若さ故の過ちです」と言って、適当に誤魔化した。

 そういえば、と考える。

(もしかしたら、長谷部先生なら知り合いに修理屋さんがいるかも知れない。出来れば、内緒で遺物を直してくれる人がいいけど……そこは修理屋さん本人に会って話をしてみないと分からないよな)

「あの、長谷部先生。今少しいいですか?」

「うん、なぁに?」

「長谷部先生の知り合いに修理屋さんはいますか?」

「修理屋さん? 何か壊れたの?」

「ええ、まぁ……」

 長谷部先生は腕を組み目を瞑り、「うむむむ……」って感じで考えてる。

 1分くらい経ち……長谷部は目を開き、右手をグーの形にして、左手の平をポンッと軽く叩き言った。

「カリンさんのご両親が修理屋さんだった筈よ」




 長谷部先生からカリンさんの家の住所を教えてもらい、礼を言って学校を出た。僕は今、カリンさんの家の前にいる。

 あの問題ばかり起こすカリンさんの家は一体どんな家なのか……と行くまでは少し不安だったけど、見た目は普通の古い木造の一戸建てだ。

 玄関の前に立ち、表札を見る。『エドワーズ』と書いてある。ここに違いない。

 呼び鈴を鳴らしてみる。が、しばらく経っても家からは何の反応もない。

(留守かな……明日になったら、また来て見よう)

 自分の家に帰ろうと振り向いた時、目の前には夕日に照らされたカリンさんが立っている。その足元には、リードに繋がれた柴犬が舌を出してヘッヘッヘッと鳴いていた。


「オー! コウサン、何カ用ッスカ?」

 ひらがなで大きく『おとな』と縦に書かれた白いTシャツを着て、ベージュのショートパンツを穿いたカリンさんが柴犬を連れ僕に近づく。

 っていうかそのTシャツは何? 『おとな』って何よ?シュール過ぎる。つい気になり僕の目線がそのTシャツにいってしまう。

 僕の目線の先に気付いたのか、カリンさんはドヤ顔でおもいっきり胸を張る。

「コノTシャツ、ミーガ作ッタネ! 学校ノ先生、大人ニナレッテ、ミーヲ怒ル。コノTシャツ着テレバ、ミーハ超大人。マジパネェ!!」

 カリンさんの着ているTシャツをよく見てみる……『おとな』は手書きなのか、ガタガタと歪んでいた。

 「いや、そういう事してるから大人になれと言われるんじゃ……」と言おうと思ったけど、止めた。今のカリンさんの方がカリンさんっぽいような気がする。大人しくなったカリンさんを想像できない。

 とりあえずドヤ顔が非常に目に障るので、「あ、うん……マジパネェ」っと適当に返事しておいた

「ソウイヤ、コウノ兄貴。マイハウスニ何ノ用ッスカ?」

 カリンさんの口調はよく変わるので、兄貴はスルーする事にする。気にしてもしょうがない。

「あ、うん。カリンさんの両親に話があって来たんだけど……今、いないかな?」

 呼び鈴を鳴らしても何も反応はなかった。

「オウ。パパトママ、イエスタディニ仕事デチョイアメリカ行ッタ」

「いつ帰ってくるか分かる?」

「ネクストウィークノ始メクライニハ帰ルッテ言ッテタ」

 来週の初めあたりまで帰ってこないのか……。

 他の修理屋さんを探すべきか……そう考えて、帰る事にする。

「カリンさん、邪魔したね。僕は帰るよ」

 そのまま歩いてカリンさんの横を通り過ぎた時、僕の左肩がグワシと掴まれた。

 驚いて首を動かして後ろのカリンさんを見る。カリンさんは超笑顔で右手で僕の左肩を掴んでいる。

「ニーチャン、セッカク来タンダ。上ガッテ行キナヨ。ナァ?」

「いや、あの……」

「ア? 俺ノ茶ガ飲メネェッテノカ?」

 足元にいる柴犬も「そうだ!そうだ!」と言わんばかりにワンワン吠えてる。

 どうやら僕は逃げられないらしい。

 僕は頷き、カリンさんの家にお邪魔する事になった。


 「コウノ兄貴、チット待ッテナ。ポデサン、置イテクル」

 ポデサンとはその柴犬の名前だろう。

「あ、うん。散歩してたの?」

「ウン。ポデサン、時々散歩シナイト発狂スル。マジクレイジー」

 意味を理解しているのかしてないのか、ポデサンがワン!と返事をする。

 庭の奥に見える犬小屋にカリンさんはポデサンを連れていく。

 ペットを飼った事がない僕は、犬小屋に少し興味を持ち付いて行った。


 近づいた犬小屋には、『ポディマハッタヤさんのお家』と書かれていた。


 は……?


 カリンさんは手に持っていたリードを、犬小屋に付いている金具に縛った。

「ヨシ、ンジャ遠慮セズニ、マイハウス入レ」

 カリンさんは唖然とする僕を無視して家に向かって歩く。

 思わず叫んでしまった。

「へ!? ちょ、ポディマハッタヤって何よ!? 名前長いよ! 発音し辛いし!!」

 カリンさんが足を止め振り返る。

「アア、ダカラ略シテポデサント呼ブ。チナミニサンマデガ名前ダ。ソレト好物ハ豆ノカレーダゾ」

「ワン!」

 カレーという単語に反応したのか、ポデさんが千切れそうなくらい勢いよく尻尾を振っている。本当にカレーが好物らしい。

「名前を付けたのは……カリンさん?」

「ウン。ナンカ昔ノ日本デマジパネェ有名人の名前ラシイ。気ニ入ッタ」


 五十嵐さんと美雪ちゃん、そしてカリンさんといい……なんでこう、ペットにもっと女の子らしい名前を付けないんだ……と、頭を悩ませながら、カリンさんの家の玄関に向け歩き始めた。

 歩きながらカリンさんに「ソウイヤ、右手ドシタン?」と訊かれたので、長谷部先生の授業で寝れないので、眠気を覚ます為にコンパスでぶっ刺したと説明しておいた。



 西暦2082年5月13日 水曜日 午後5時21分



「イヤァ、パパママイナイシ、超暇ナンダ。ユックリシテケ」

 僕はカリンさんの部屋に案内されて、座布団の上であぐらをかいている。

 カリンさんの部屋に入るまでは、初めて入る女の子に部屋に超ドキドキしてた。

 壁の色は薄いピンクで、ベッドの上には可愛いぬいぐるみがお座りしてて……本棚には、恋愛小説が並んでたり、CDラックには流行のCDが入っていて、壁には最近のアーティストのポスターが張ってあるんじゃないかと、そう……僕はカリンさんの部屋を僕が想像する一般的な女の子の部屋だと想像していたんだ。


 でも、違った。


 カリンさんの部屋は一般的な女の子の部屋とは程遠いとかではなく、もはや次元が違っていた。

 カリンさんの部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、お世辞にも上手と言い難い字で『納豆』と筆で書かれた習字紙である。額に入れて壁に飾ってあった。カリンさんが納豆が好きだから書いて飾ったらしい。

 壁は木造で黒に近い漆色なんだけど……侍や忍者が映っている映画のポスターが壁に大量に張ってある。ってかヌンチャクやトンファー、手裏剣や忍者服も飾ってある。これらはカリンさんが侍と忍者が好きだから、お小遣いで買ったとの事。

 本棚には、侍や忍者の漫画(現代では漫画は子どもが読む物、と言うのが世間一般の認識である。僕達くらいの年代なら、普通は小説や文庫本を読む)が大量にあり、更には一ヶ月で忍者マスターとか必殺仕事人特集とかよく分からない本もあった。

 ちなみにカリンさんの部屋にはベッドがなく、寝るときはお布団らしい。お布団の上ならご飯三杯はいけるとか。お布団の上じゃなくても普通にご飯三杯いけるらしいけど。


(本当、すごい部屋だな……。でもまぁ、カリンさんらしいか)

 逆にカリンさんの部屋が僕の想像する一般的な女の子の部屋だったら、それはそれでショックを受けたかもしれない。


 カリンさんは自分の部屋の事を僕に説明しているうち、「ア、ソウダ」と何かを思い出して僕の方を向いた。

「オゥ、オ茶忘レテタネ。持ッテクルナウ」

 僕は「いや、お構いなく」と言ったけど、カリンさんは部屋を出てった。

 カリンさんが戻ってくるまで、この部屋を見ていようとして「グー……」と、僕のお腹が鳴った。

 そういえば、今日は母さんから作ってもらったお弁当(朝食と僕の昼食のお弁当は母さんが作ってくれる)を食べていない。昼休みに五十嵐さんとゴダちゃんとお家の事を話していたので、昼休みに食べ損ねたのだ。

(うーん、他人の部屋で勝手にお弁当を食べていいものか……)

 とりあえず、カリンさんが戻ってきてからここでお弁当を食べていいか聞いてみよう、と思った時ちょうどカリンさんが急須と湯飲みが二つ載っているお盆を持って戻って来た。

「待タセタッスネ、兄貴」

 僕の正面にある座布団に座り、僕とカリンさんの間にお盆を置き、急須で湯飲みにお茶を淹れ始める。

「あの、カリンさん。ここでお弁当食べてもいいかな?」

「オヴェントゥー? オウ、ドシテ?」

「昼休みに用事があって、お弁当を食べる時間がなかったんだ」

「オウ、超オーケー。ホレ、茶ダ」

 お弁当とお茶、両方の意味で「ありがとう」と言って、湯気が昇る熱いお茶を受け取る。湯飲みの中は緑茶だろう、澄んだ緑の液体が入っている。

 一旦お茶は足元に置いて、鞄からお弁当が入ってる巾着袋を取り出す。紐を緩めて、巾着袋からお弁当と箸を取り出して床に置く。お弁当の蓋を開けると、中身はご飯と卵焼き、ウィンナーとほうれん草の胡麻和え、後はデザートにウサギさんの形をしたリンゴだ。僕は手を合わせて「いただきます」と言ってから利き手の右手で箸を持つ。コンパスの針を刺した右手の平の痛みはあまり感じず、これなら普通に食べられそうだ。


 カリンさんの淹れてくれたお茶、最初は飲むのに抵抗があったけど、飲んでみたら意外と美味しかった。特におかしな物は入ってない……と、思いたい。

 お弁当を食べていると、カリンさんがジーッ……っと僕を見つめている。

「あ、あの……カリンさん。どうしたの?」

 見つめられていると非常にお弁当が食べ辛いので、訊いてみる。

「ズット、気ニナッテタンダガ」

「うん」

 カリンさんは両手を合わせる。いただきますのポーズだ。

「日本デタマニ見ルガ、イタダキマス、ッテ何ダ?」

「いただきます、知らないの?」

「イェア。ナンダヨソリャ?」

 そういえば、いただきますってなんだろう? つい習慣になっていたけど、意味は忘れてしまった。昔、母さんから意味を教えてもらったような……。箸を置き、思い出そうとする。確か……。

「日本のご飯を食べる時の挨拶みたいなものかな。命をくれた食材と作ってくれた人に、感謝の気持ちを込めていただきます、って意味だったような……」

 カリンさんは大きな目を更に見開き、口をあんぐり開けて驚いている。

 そして目をキラキラさせて、興奮しているのか腕を上下にブンブン動かして思いっきり叫ぶ。

「ワァオ!! 流石ジャパン!! マジパネェアメイジング!! パネェ!!」

 よく分からないが、いただきますの意味を知って大興奮のようだ。

 カリンさんはアメリカから日本に来たばかりだから、いただきますを知らなくても当然なのかもしれない。

 (あれ? そういえば、カリンさんのお父さんって……)

 ふと、カリンさんの自己紹介の時の事を思い出した。

「カリンさんのお父さんって日本人だよね? いただきます、しないの?」

「ウン、パパシナイ。モシカシテ、親父ハ日本人チャウノ?マジヤベェ!!」

 今度は頭を抱えてアワアワ言いながら、ブンブンと首を振るカリンさん。

「いや、日本人でもしない人はいるよ。っていうか、今はする人の方が珍しいかもしれない」

「オゥ、親父日本人ネ。メッチャ安心ネー」

 フゥーっと息を吐き、安心したのか胸を撫で下ろすカリンさん。何だか表情がコロコロ変わって面白い。

 

 カリンさんはふと「オゥ!」と叫び何かを思い出したようで、ズイっと体を乗り出して来る。顔が近い、近い!!

 カリンさんは真剣な表情で僕を見つめている。こんな近い距離で見つめられるのは初めてで、恥ずかしくて顔が熱くなる。

(え、何? 僕何かした?)

 心当たりがなくて、何を言われるんだろうと思い……ゴクンと唾を飲む。

「ゴ飯食ッタ後ニ言ウ、ゴチソウサマ、ッテノモ何ダ!?」


 僕はお弁当を食べながら、カリンさんにご馳走様の意味を教えて上げた。




 僕はお弁当を全部食べ、最後にカリンさんが淹れてくれたお茶の残りをズズ……っと飲み干した。

「ご馳走様でした」

 お盆に空になった湯呑みを置く。

「オウ。トコロデ、コウノ兄貴」

「ん?」

 お盆からカリンさんの方を向く。

「パパトママニ、何ノ用ナンダ?」

「それは……えっと……」

 どう答えようか…と考えを巡らせる。

 (カリンさんの両親は、来週まで帰って来ないみたいだし…別の修理屋さんを探した方が早いかもしれない)

 目の前のカリンさんをジーッと見つめる。カリンさんは見つめられて、何かの遊びと勘違いしたか、睨む様に僕を見つめ返している。

(カリンさんの両親が修理屋さんって事は、カリンさんも両親の影響とかで機械に詳しいのかも……知れない。根拠のない憶測だけど)

「あの、カリンさんって…機械とかに詳しい?」

「機械?オウ、少シダケ分カル」

(少しだけって事は、まったく機械の事が分からない僕よりはましだよね……よぉし、思い切って話してみよう!)

 僕は「内緒にして欲しいんだけど……」と前置きして、ポケットから五十嵐さんから預かったゴダちゃんのお家を右手で取り出して、話し始めた。




 「オーゥ! 遺物、始メテ見タネー!!」

 カリンさんは目を超キラキラさせながら、鼻息を荒くして僕の持っているゴダちゃんのお家を見ている。


 このゴダちゃんのお家は五十嵐さんの妹さんの物で、お姉さんから貰ったとても大事な遺物。壊れたみたいなので、妹さんから僕に直して欲しい、と頼まれた事をカリンさんに話した。

 

 それなのに、この反応……。何だか呆気にとられた。

 僕はカリンさんに「遺物ナンテ持ッテ来ルンジャネー!!」とか「遺物ナンテ直セル訳ネェダロ!! ヴォケー!!」

 とか、言われるんじゃないかと少し不安だったのだ。


 カリンさんは腰に両手を付けて、超胸を張る。

「チョット、待ッテナ! コウノ兄貴!」

 そう言って、バタバタ慌しく部屋の戸をドグチャァ!! と思いっきり開けて戸を閉めずにドタタタタタタ! っと廊下を走って行ってしまった。


 1分くらい待っていると、廊下の方からまたドタタタタタタ! っと音がして、バァン!! と右足で器用に戸を閉めてカリンさんが部屋に戻ってきた。


「待タセタナ、コウノ兄貴!!」

 カリンさんの左手には本、右手には大きな黒いバッグが握られていた。


「カリンさん、その本とバッグは……?」

「オウ、目ヲカッポジッテ見ヤガレ!!」

 僕に本を差し出すので、反射的に受け取ってしまう。

 表紙には『猿でも分かる機械の修理方法!!』とデカデカと書かれており、可愛らしいお猿さんとバナナの絵が書いてある。

「この本で、遺物を……本当に直せるの?」

 半信半疑でそう尋ねる。

「オウ、ソノ遺物モ機械ダシ多分ナ! ソノ本読メバ機械超直セル、親父言ッテタ! ダケド拙者、難シイ漢字、超読メナイ!! ダカラ、ソノ本読メネー!!」

 カリンさんはその本が読めないのに、ゴダちゃんのお家を直せるだろうか……心配になってきた。一応、確認の為に訊いてみる。

「カリンさんはその本を読まないで、ゴダちゃんのお家を直せるの?」

「無理ダ!!」

 満面の笑顔でそう元気に答える。

 それじゃ駄目じゃねぇか!! と思わず突っ込みそうになったが、それより先にカリンさんが口を開く

「ダカラヨゥ……コウノ兄貴、読メ」




 僕は『猿でも分かる機械の修理方法!!』を両手で持ち、まずは機械が動かなくなった場合に確認する事を読んでいる。

 その間、カリンさんは黒いバッグの中身を床にぶちまけていた。ドライバーセットや沢山のネジが入っている小さな透明のプラスチックの箱、ニッパーややすり、ドリルや大根……他にも様々な工具が大量に入っている。カリンさんは両親の作業場にある物を片っ端から、大きな黒いバッグに詰め込んだそうだ。つうか大根がある作業場って何だよ!?って突っ込みそうになったけど、止めた。今は読む事に集中したい。

 

「コウ親分、準備オッケーデスゼ!」

カリンさんはちらばった大量の工具+大根を、彼女を中心にして使いやすいように周りに配置した。

「僕もいいよ」

 そう言って、読んでいた本を一旦置く。


 こうして、僕達のゴダちゃんのお家修理作戦は始まった。



西暦2082年5月13日 水曜日 午後5時56分



 機械が動かなくなった場合、まずは原因が電池切れなのか確認する事。『猿でも分かる機械の修理方法!!』にそう書いてあった。

 ゴダちゃんのお家はコンセントに差すプラグなんて付いてないので、どこかに電池があるんだろう。

 (大体、テレビのリモコンとかって裏の方に電池入れるよな……)

 そう考えて、ゴダちゃんのお家をひっくり返して見てみる。四角形の角の部分にネジが4つ、中央にネジが2つはまっている。おそらく、中央の二つのネジが電池のカバーだと予想し、カリンさんに

「まずは原因が電池切れか調べたいんだ。ここの部分の中に電池が入ってるか見たいから、中央のネジを2つ外してくれる?」

 と、お願いしてゴダちゃんのお家を渡す。カリンさんは「サーイェッサー!!」と流暢な発音で返事をして受け取り、早速作業に移る。


 待っている間、僕は確認の為に『猿でも分かる機械の修理方法!!』を読む。

 少し経ってから、「終ワッタゼ親分ー!バッチリ電池アッタスヨー!!」とカリンさんの声が聞こえ、本を置いてカリンさんの方を向く。カリンさんの右手には中央のカバーが外れたゴダちゃんのお家があり、そこにはボタン電池が2つはまっている。思ったとおり、中央は電池のカバーだ。

「それじゃ、中のボタン電池を何でもいいから使えるボタン電池に入れ替えてもらっていい?」

「ラジャーッス!!」

 カリンさんは黒いバッグをゴソゴソ漁り始める。作業に必要ない物は全部黒いバッグに入れて置いたんだろう。カリンさんの周りに置いてある工具の中に混じってる大根が超謎だけど。目的の物を見つけて、パッケージに入った新品のボタン電池を2つ取り出す。

「そのボタン電池、新品みたいだけど……使っていいの?」

 てっきり適当な家電製品のボタン電池を少しの間拝借すると思ったのだ。

「オウ。イッパイアルカラ、ヤル」

「なんだかごめんね、ありがとう」

 カリンさんは「気ニスンナ、親分」と言い、ゴダちゃんのお家のボタン電池を入れ替えて、カバーを付けてドライバーでネジを締めた。

 

「親分、パーフェクトダゼ!!」

 カリンさんが叫び、ネジを締めたゴダちゃんのお家を差し出す。

 僕は「ありがとう」とお礼を言って、ゴダちゃんのお家を受け取り、裏を見る。ちゃんとネジは締まっているの確認して、液晶画面がある表に戻す。

 カリンさんは目を輝かせて、ゴダちゃんのお家に注目している。

 僕は3つの黄色いボタンを順番に押してみた。


――ゴダちゃんのお家からは何の反応もない。原因は電池切れじゃないようだ。


「電池切れじゃなかったね……」

 僕は残念そうに呟き、ガックリと肩を落とし、ゴダちゃんのお家を床に置く。

(そう簡単に遺物を直せる訳ないよな……)

 頭がネガティブな感情に支配され、目を瞑りため息を付こうと息を吸い……僕の右肩にバシィ!! っと覚えのある鋭い衝撃がまた襲う。痛みで思わず目を開く。

 正面にいるカリンさんにまた肩を叩かれたようだ。ニンマリ笑って更に僕の右肩をバシバシ軽く叩き言う。

「ヨシ、次イコウゼ親分!!」

 諦めるのはまだ早過ぎる……今日のお昼休みに僕が五十嵐さんに言った事が脳裏をよぎった。

(あれだけ五十嵐さんにはカッコつけといて、すぐ諦めるのか……僕は……)

 それじゃ、情けなすぎる。

 両手を思いっきり痛いほど握りしめ、吸った息をフゥー…っとゆっくり吐く。

 落ち着いた、目が覚めた。なんだかカリンさんの明るさが僕に移った気がする。

 満面の笑みのカリンさんに「うん、次行こう!」と声を掛け、足元の『猿でも分かる機械の修理方法!!』を持とうとして……窓の外が暗くなりかけているのが目に入った。ポケットから携帯電話を取り出して、母さんにメールを打ち始める。

 『今日は帰るのが遅くなりそうだから、夕ご飯は作れそうにない。ごめん、外で食べて』

 母さんにメールを送り、携帯電話をポケットに仕舞う。僕は『猿でも分かる機械の修理方法!!』を持ち、読み始めた。


 『猿でも分かる機械の修理方法!!』によると、電池切れじゃない場合は故障の原因を見つけなければいけない。


 美雪ちゃんの大切にしている物を分解をするのは気が進まないけど……直すにはこれしかない。ごめん、美雪ちゃん。

「カリンさん、ネジを外してゴダちゃんのお家の本体のカバーを外してくれる?故障の原因を見つけたいんだ。あ、あと予め電池を抜いておいた方が良いかもしれない」

「シャオラー!!マッカセナサーイ!!」

 カリンさんが床に置いてあるゴダちゃんのお家を拾い元気に叫ぶように言う。

 その彼女の明るさが僕にはとても頼もしく思えた。


「コウ親分、チョイ見テー!!」

 カリンさんが本体のカバーを外したようだ、右手には基盤がむき出しになってるゴダちゃんのお家が握られている。

「ココ! ココ見テ!!」

 カリンさんが左手の人差し指で基盤のある部分を差す。

 その指先をよく見てみる。そこには切れている黒いコードがあり、切れたコードの片側の先には黄色に変色したセロテープ巻きつけてある。多分……だけど、故障の原因が分かったような気がした。

(あの巻きついてるセロテープは、昔の持ち主が直した跡だろう。老朽か何らかの原因であのコードが切れて、切れたコードを繋げセロテープで巻きつけて応急処置をした。しかし、時間が経つにつれてセロテープの粘着力がなくなり、切れたコードがスルッと抜けてしまった……と、思う)

 

 頭の中の整理が終わった瞬間、僕は叫ぶようにカリンさんに指示をしていた。

「カリンさん、その切れたコードをくっ付けられる?!」

「オウトモ! チェストォォォォォォォ!!」

 カリンさんは謎の掛け声と共に周りに置いてある沢山の工具の中でニッパーと半田ごてを選び左右の手に持つ。

 僕はカリンさんの作業を邪魔しないように静かに見つめていた。


 まずカリンさんは馴れた手つきで切れた黒いコードの両側の先をニッパーで切り黒いゴムを剥いた。そして黒いゴムの中から出てきた両側の銅線の束を重ねて捻り、そこに半田ごてで半田付けをする。そしてビニールテープをグルグルに巻き、針金の束を適当な長さに伸ばしニッパーで切断し、巻きつけたビニールテープの上から針金を厳重に巻きつけた。


 後はゴダちゃんのお家に電池を入れて、あっという間に元の形に戻した。

「オッシャ!! 出来タゼ!!」

カリンさんはそう叫び、満面の笑みで僕にゴダちゃんのお家を差し出してきた。


 僕の右手にはゴダちゃんのお家が握られている。

 左手の人差し指で黄色いボタンを押そうとして……やめた。

 (もし、直ってなかったらどうしよう……)

 確認するのが、怖い。

 これで直ってなかったら、次は何をすればいい? もしかして原因は違う部分にあるんじゃないか? さっきの修理で逆に悪化したんじゃないか?という嫌な考えが頭に浮かび、グルグル回る。


 ポンッと僕の右肩に何かが触れて我に返る。正面を見るとカリンさんがニッコリ笑いながら僕の右肩に左手を置いている。

(大丈夫ダヨ)

 カリンさんの笑顔と僕の右肩に置かれた左手が、そう言ってるような気がした。

 僕は一回深呼吸をして――左手の人差し指でゴダちゃんのお家の黄色いボタンを押した。


 ゴダちゃんのお家の液晶画面がパッと明るくなり、そこにはサングラスを掛けた緑色の斑点を持つ紫色のウサギが立っていた。


 目の前の現実に僕の脳が理解出来ずに固まる。

 液晶画面のゴダちゃんが正面を向き、両手を挙げて腰を横にフリフリしている。

(直せた? 遺物を? 僕とカリンさんで? 本当に? 夢じゃない?)

 左手で僕の頬を思いっきり抓る。超痛い。夢じゃない。

(あれ、カリンさんが妙に静かだな……?)

 液晶画面からカリンさんに視線を移そうとして、

「ヤッタネ! オヤブーーーーーン!!」

と、カリンさんの声が聞こえ、腹部に何か重いものが乗っかかって僕はひっくり返った。右手に持っていたゴダちゃんのお家を落としてしまう。

 何事かと思い上半身を起き上がらせ、乗っかかったものを見る。カリンさんが超笑顔で僕の腰に両手を回して押し倒している。

 カリンさんの長い金髪が僕の顔にかかり、柑橘系の甘酸っぱい匂いが僕の鼻腔をくすぐる。カリンさんの細い体が僕の体に密着していて、すごく柔らかい……女の子の体って、こんなに柔らかいのか……。

(いやいやいや!! この状況はかなりまずい!! 落ち着け僕!!)

 恥ずかしさで頬が熱くなり、体中が火照る。

「ちょ……!! カリンさんストップ、ストップ!!」

 カリンさんの両肩に手を置き引き離そうとするけど、なかなか離れない。あんな華奢な体なのにどれほどの力があるのか。

(誰か助けて……!!)

 カリンさんが我に返り、僕が解放されるまで……5分程の時間を要する事になる。

「イヤァ、超ソーリー。ツイ嬉シクテナ」

 カリンさんが両手を頭の後ろに組んでHAHAHAHAHAHAHAHA!! と笑う。

 彼女には悪気がないのだろう。もし悪気があったとしてもなんだか憎めない、小動物的な愛嬌がある。

 僕は「いや、もういいから……」と謝っているカリンさんに言って、床に落ちているゴダちゃんのお家を拾う。

 ゴダちゃんのお家の液晶画面にはゴダちゃんがスクワットをやっている。

(良かった、本当に直って良かった……)

「カリンさん、本当にありがとう。美雪ちゃん、喜ぶよ」

 ゴダちゃんのお家をポケットに仕舞いながら言う。

「ノゥ、コウ親分が本ヲ読ンデクレタカラネ!!」

 僕が『猿でも分かる機械の修理方法!!』を読まなくても、カリンさん一人で原因を見つけて直せたと思う。

「いや、僕は何もしてないよ。みんなカリンさんのおかげだよ」

「ノゥノゥ!! コウノ親分ノオカゲネ!!」

「いや……みんなカリンさんのおか」

「コウノ親分!!」

「いやだからカリンさ」

「親分!!」

 なんだこれ。

 カリンさんは僕を睨みつけるように見つめている。どうしても僕のおかげにしたいらしい。本当に何もしてないんだけど……。

「よ、よし! なら僕とカリンさん、二人のおかげって事にしよう!!」

「オーゥ!! サッスガ親分!! 頭良イネ!!」

 カリンさんは目を輝かせて尊敬の眼差しで僕を見ている。それでいいのか。

「とりあえず、工具を片付けようか」

 話を逸らす為に、カリンさんの周りにある放置してある沢山の工具+大根を見て言う。

「オゥ! 忘レテタネ!!」

 僕とカリンさんは工具+大根の片付けを始めた。

 

「そういえば、カリンさん」

「ンニュー?」

 二人で部屋にある工具+大根を片付けている最中、気になった事があるのでカリンさんに訊いてみる。

「カリンさんは、どうして遺物を直すのを手伝ってくれたの?」

 不要なガラクタ扱いされていて、世間から評判が悪い遺物。なぜ、カリンさんが直すのを手伝ってくれたのか、とても気になったのだ。

 カリンさんは片付けの作業を中断し、腕を組み神妙な顔で考え込んでいる。

 そこまで真剣な顔のカリンさんは始めて見た……僕はてっきり、その場のノリで手伝ってくれたんじゃないかと思っていたのに。

 僕が静かに見守っている中、カリンさんがゆっくり口を開く。

「遺物モ道具ネ。人間ノ役ニ立ツ為ニ生マレテキタノニ、名前モ使イ方モ忘レラレルナンテ可哀想ネ」

 カリンさんが悲しそうな表情をしてそう答えた。

 普段はおかしな事ばかりしてるカリンさんだけど、この時のカリンさんは別人のように見えた。

 また僕の中で何かが変わっていく。この感じは今日のお昼休みに五十嵐さんと話した時と同じものだ。僕の当たり前や常識だと思う事のヒビが更に大きくなる。

(まただ……なんだろう、この感じ……)

 気になるけど考えるのは止めた。目の前のカリンさんに返事をしなきゃと思ったけど、どう答えていいか思いつかず「そっか……」と言って話を切り上げて、工具の片付けを再開した。

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