第12話「同じ、夜」前半②
王宮の朝を、私は数えることにしている。
目が覚めて、右手首の石に指先をひとつ置いて、今日の分を送る。それから、届いた分をひとつ受け取る。送って、受け取って、それで朝がひとつ。帳面も印もいらない。手首の上で、暦は勝手に進んでいく。
四十いくつまで数えて、正確な数は、わざと覚えないことにした。数が増えるほど、離れている日の長さが形になってしまうからだ。それでも数えるのはやめない。今日の分が届いた、という一日ずつの確かさだけが、この白い部屋の暦だった。
稽古は、朝のうちに済ませる。
水盤の水を呼んで、待って、帰す。呼んで、待って、帰す。井戸端の母様の手つきは、もう私の手つきになりつつある。私の中の水面は、指三本ぶんから、手のひらひとつぶんまで下がった。
都の水も、変わった。
初めの頃は、稽古のたびに、遠くの水路がいっせいに耳を澄ませる気配がした。いまは、しない。私が帰し方を覚えるのと同じ速さで、都の水たちも、私に慣れていった。高いままの水位と、それでも回っていく日常。両方と、暮らしていける。そのことが、指一本ずつ、分かっていく。
「今日は、早いな」
稽古の間の隅で、テオ様が椅子に着く。あの朝から、この人の椅子と机は、この部屋の備品になってしまった。書き物をして、時どき顔を上げて水盤の氷の的を新しくして、また書き物に戻る。
テオ様は、時どき、何日か姿を見せないことがある。
どこへ、とは訊かない。戻ってくると、少しだけ疲れた顔でいつもの椅子に着いて、いつものようにあの一言を言う。疲れの理由を、この人は言わない。言わないことに、あの回廊の日の「私が、動く」が重なって聞こえる。そのたびに私は、訊きたい言葉を水と一緒に帰した。
都へ出る日も、増えた。
テオ様と歩く日は、三歩後ろに誰もいない。市の果物の山は、いつのまにか春のものから初夏のものに入れ替わって、水路の水は日ごとに光を強くしていく。橋の上で立ち止まって水面を見ていると、この都の水が少しずつ、知っている水になっていくのが分かる。
帰りたい、の言葉は、あれから口にしていない。
言わなくても、あの人が動いていることを、疲れた顔が教えてくれる。だから私は、私の稽古をする。帰り道がつながった日に、この高いままの水ごと、ちゃんと歩いて帰れるように。
朝の数が、五十を越えた。
窓の外の光が、ある朝から、夏の色になった。白い石の壁の照り返しが強くなって、水明かりが天井の高いところまで届く。都の水の匂いに、初夏の草の匂いが混ざりはじめる。
季節が、動いている。
私は今朝も、右手首の石に指先を置いた。送って、受け取って、朝がひとつ。
暦は、手首の上で、今日も進んでいく。
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