第7話「水の都へ」後半②
宿は、細い水路に面した、三階建ての石の建物だった。
窓を開けると、眼下の水面に、月水灯の白青がいくつも映っている。灯と、その揺れる写し身と。夜のアクアニアは、上と下の両方から、静かに光っていた。
遠くで、呼び水の鈴の音がする。夜の舟が、どこかの角を曲がったのだろう。
私は、窓辺に頬杖をついて、しばらくその光を見ていた。
明日から、母様の国での日々が始まる。
テラスの古文書。母様の記録。セリーヌさんの案内で、私はそこへ向かう。知りたくて、ここまで来た。怖いままで、知りに行くと決めて、海を渡ってきた。
なのに、いざその入口の前の夜になると、胸の奥が静かに張りつめていた。
明日、私は何を知るのだろう。知ったあとの私は、今夜の私と、同じ顔をしていられるのだろうか。
旅の疲れが、体の芯で、鈍く重い。それでも眠る気になれなくて、私は部屋を出て、宿の前の水辺へ下りた。
夜の水辺には、まだ人の行き来があった。
石畳の岸を、灯を提げた人々が歩いていく。対岸の店先から、知らない言葉の笑い声。水の匂いと、夜の料理の匂い。母様は、こういう夜の中で、育ったのだろうか。
月水灯の白青の下で、都の水は、夜も止まらずに巡っている。
その水音に混じって——
「——リアネ?」
声が、した。
忘れるはずのない、声だった。
初秋の、あの見送りの朝から——半年。遠い国にいるはずの人の声が、いま、すぐ後ろでした。
心臓が、止まった気がした。
振り返る。
石畳の先、月水灯の灯りの下に、人影がひとつ立っていた。旅装の外套。その頭巾の下から、氷青の銀の髪がひと筋こぼれて、白青の光を受けている。
薄水色の瞳が、まっすぐに、私を見ていた。
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