第2話 碧海の歌・2
翌日の放課後、みなもは学校を休んでいた渚の家へと向かった。イルにはスクールバックの中に隠れてもらっている。
渚の部屋にあげてもらうと、彼女はパジャマ姿のまま、ベッドに座ってケーキを食べていた。イチゴのショートケーキだ。
「あ、やっほーみなもちゃん」
渚は笑った。
「渚ちゃん、大丈夫?」
みなもは尋ねた。
「大丈夫って……何が?」
「だって……その……」
「やだなぁ、ちょっと体調を崩しただけでしょ? そんなお見舞いにくるほどでもなかったのに……」
「本当のことを言うと、違うでしょ。渚ちゃん、溺れかけて……」
「なんで……知ってるの?」
ケーキを運ぶ渚のフォークが止まった。
「航太くんから聞いたの?」
「ううん、そうじゃなくて……」
みなもは首を横に振る。
「あれ、テレビにも新聞にもなってないけど、でも、本当のことだから」
「本当って……」
「うん、だからこれからも気をつけて。もしかしたらまた同じようなことが起きるかもしれない」
「みなもちゃん、正体を明かすのは……」
スクールバックがもぞもぞと動いた。
「わかってるって! イルは黙ってて!」
みなもは言う。
「誰と話してるの……?」
渚が尋ねる。
「あ、えっと気にしないで! なんでもないから!」
みなもは慌てて首を横に振る。
それからみなもは本題に入った。
「ねぇ、渚ちゃん。渚ちゃんって、合唱部でしょ? 相手の心に響く歌って、どうやって歌えばいいのかな?」
「え? 何? いきなり歌の話?」
「うん、私……歌、下手だけど、ちょっとそういうことが気になっちゃって」
「心だよ」
渚は答えた。
「心がしっかりしてれば、伝えたいって気持ちがそこにあれば、歌は相手の心に響くんだよ。歌は……言葉だから」
「歌は……言葉」
みなもはその言葉を繰り返した。
「何、本当にどうしたの? みなもちゃん」
「え、ううん、なんでもないから。じゃっ」
みなもは渚の部屋を出ていった。
外に出ると、イルがスクールバックの中から飛び出してきた。
「あとは……深海獣の変身者を見つけるだけだね」
イルは言った。
「うん、でもどうやって見つけるの?」
「多分、深海獣はみなもに負けて、悔しいと思うんだ。だから噂を流すんだよ。魔法少女がどこにいるのか……嘘の噂をね」
「へぇ、意外と策士だね、イルって」
「へっへん、まぁね。みなもよりは頭いいつもりだからさ」
「何それ」
*
あれ以来、周囲の会話に気を配るようにしていた。相手の正体はわからない。人魚か? でも、人魚って本当にいるのか? いや、それを言い出したらキリがないだろう。僕が今持っているこの力だって、多分何も知らない人にイチから説明しても、信じてくれる人はほとんどいないはずだ。人魚……それらしい噂はないものだろうか。
正治は頬杖をつき、窓の外を眺めていた。SNSでは、星ヶ丘の町で洪水の集団幻覚を見たという都市伝説の噂でもちきりだった。でも、都市伝説止まりでテレビも新聞も報道することはない。人魚の都市伝説は……ないだろうか。
その時、クラスでの女子生徒たちの会話が飛び込んできた。ひとりは確か星乃みなもって名前だったように思う。他の生徒たちの名前はわからない。でも、みなもは言っていた。
「学校裏の、ラグーナで人魚が目撃されたんだってさ!」
「えー、人魚? 人魚まで最近流行りの、UMAっていうの? 未確認動物にしちゃうわけ?」
「絶対月刊アトランティスの読みすぎだってー」
「いや、私月刊アトランティスなんて買ってないよ。というかオカルト系は怖くて見られないし!」
人魚……か。学校裏のラグーナに……。正治は拳を握りしめた。
放課後、みなもは噂を流した学校裏のラグーナに向かおうとした。
だがそこで教室に飛び込んできた者があった。
「みなも! 本当なの?」
航太だった。
「学校裏のラグーナで、人魚を見たって話!」
「う、うん……」
航太に対し、嘘をつくのは気が引けたが、それでも、ここは町のみんなを、航太を含めた町のみんなを深海獣の魔の手から守るために嘘を貫き通さなくてはならない。
「やっぱり……僕が見たものは見間違いなんかじゃなかったんだ」
航太は言った。
そうだった。この人も変身した私の姿を見ていたんだった。しかもこの人の好奇心の強さは人一倍だからなぁ。
「みなもは……これから、そのラグーナに行くつもり?」
「うん、そうだけど……」
「じゃあ、僕も行っていいかな。なんとしてでも、あの人魚をもう一回見たいんだ。それでちゃんと話をしたい。彼女は……僕たちのことを助けてくれたから」
なんというか、ただの好奇心だけではないみたいだった。でも、ものすごく断りづらい。ここで目の前に深海獣が現れたら、私はどうやって戦えばいいのだろうか。航太くんの前で変身する? でも、魔法少女として戦う私を見て、航太くんがどう思うかわからないし……。
「わかった。ついてきて。でもまた今日も人魚が現れるとは限らないよ」
「思えば、ずっと前から不思議に思っていたんだ。人魚の正体は一般的に、ジュゴンやマナティってされてるけど、それらの生息域の外にも人魚伝説は残ってる。それだけじゃないよ。世界中、色んな文化圏はあるけど、人魚の伝承はどこの国へ行っても、海さえあれば残っているんだ。だからもしかしたら、人魚っていうのは実在する生き物なのかもしれない」
学校裏の入江に向かう間、航太はそう力説していた。この人……本当に海の生き物が好きなんだなぁ。もうちょっと、私の方にも目を向けてくれたっていいのに……。
そう思いながら、みなもは航太と一緒に入江へと降りていった。崖に囲まれた入江には、白い砂浜がある。
「うん、いかにも人魚みたいな綺麗な生き物が好みそうな入江だね」
航太は言った。
「もしかしたら、どこかに人魚がいた形跡が……」
「形跡って?」
「例えばフンとかさ」
「誰が野グソをするかっ!」
私は近くに落ちていた貝殻を航太に向かって投げた。




