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第7話 恩師へ……・3

 みなもと舞鶴先生はふたり並んで住宅地を歩いていた。


「詳しくは言えないんですけど……」


 とみなもは口を開いた。


「それに突拍子もなくって、本当に私がそんなことで悩んでいるのかって疑われちゃうかもしれないけど……」

「大丈夫、ちゃんと聞いてあげるよ。みなもがつまらない嘘をつくような人間じゃないってことくらい、俺はよく知っているつもりだ」

「じゃあ、話します……」


 みなもは話し始めた。


「先生は、どう思いますか? たとえばこの町に、人間のエゴを素体にした怪物が現れたとして、その怪物を普通に倒せば、素体となった人間も死んでしまいます。一応、怪物を救う方法はあります。でも、怪物は人間なんて遠く及ばない力でこの町を滅ぼそうとしてきます。その場合……怪物を倒して、素体となった人間もろとも殺してしまうことは、正しいことだと思いますか?」

「君は……」


 舞鶴先生は目を丸くした。


「あ、いえ、その……今のは本当に例え話みたいなものなんですけど……」

「いや、答えよう。答えねばなるまい」


 舞鶴先生は言った。

 それから続ける。


「そうなってくると……果たしてその怪物にとっての幸せとはなんだということになってくるな」

「怪物にとっての幸せ……?」

「あぁ、自らのエゴに身を委ねて、怪物に身を落とした人間は、その怪物として生きることこそが苦しみなのではないかと、俺は思うんだ。だからもし俺がその怪物ならば、こう思うはずだ。『殺してくれ』……と」

「殺してくれ……」


 みなもはその言葉を繰り返した。


「そうだ。その怪物がなぜ暴れているのか考えたことはあるか? その怪物にとって暴れることとは、心の悲鳴、滅ぼすこととは、この世に対する悲痛な訴えなんだ。だからもし、怪物と対峙できる者があるとすれば、その怪物を楽にしてやることこそが、正しい方法だと、俺は思うよ」


 みなもは視線を落とした。


「どうした? 望んでいた答えと違っていたか?」

「わかりません……」


 みなもは答えた。


「わからないです……私には……まだ……」


 それからみなもは舞鶴先生に背を向けて歩き始めたが、途中で立ち止まって振り返った。


「でも……ありがとうございます! 私のくだらない質問に答えてくれて……」

「くだらないなんて思っちゃいないさ。立派な疑問だ」


 みなもは舞鶴先生に手を振ると、その場をあとにした。


 舞鶴先生は、その足で、近くの公園へと向かった。噴水を覗き込むと、そこに魔女のような女のシルエットが浮かび上がった。泡沫のシレーナだった。


「シレーナ」


 と舞鶴先生は言う。


「どうしたのよ、私を呼び出したりして。あなたは私と契約なんてしないんじゃなかったかしら?」

「状況が変わったんだ……」


 舞鶴先生は言った。


「契約を結びたい。俺を深海獣とやらにしてくれ」

「わかったわ。あなたがそう望むのであれば、私は止めない。いいえ、むしろ好都合だわ、深海獣になる人間が多ければ多いほど、こっちにとっては……」


 そしてシレーナは手を伸ばした。その手から黒い真珠のような宝石が水面を通り抜けて、舞鶴先生の胸の中に入る。


「これが……深海獣の力か……」


 舞鶴先生は呟いた。次の瞬間、舞鶴先生の姿は変化する。頭部から背中にかけて、赤みがかった半透明の触手が伸びた怪人態だ。イソギンチャク深海獣である。


「アクア・ドーム展開! 来るがいい……魔法少女よ。いや……星乃みなもよ!」


 舞鶴先生の頭上に黒い雨雲が発生し、渦を巻き始めた。間もなく、雷が鳴り、そして雨が降り始める。


 *


 家に帰ろうとしていたみなもは立ち止まった。


「あ、雨だ……」


 みなもは空を見上げる。さっきまで晴れていたのにいつの間にか雨雲が発生して、雨が降ってきている。

 イルがスクールバッグの中から飛び出してきた。


「ただの雨じゃないよ!」


 イルは叫んだ。


「やっぱり……この感じ……」

「うん!」


 イルは言う。


「アクア・ドーム……!」


 みなもは周囲を見回した。


「深海獣はどこに……!」

「わからない! でもすぐそばにいるはずだよ!」


 みなもは走り出した。


 雨足はすぐに強まってきた。

 そして、下り坂にたどり着いたところでみなもは足を止める。

 下り坂の下の住宅街が水没している。


「泳がないと……」


 みなもはそう言ってスクールバッグを投げ出した。それから水の中へと入っていく。


 坂の下の住宅街は家が半分ほど水没していた。みなもはそんな中を、深海獣を探して泳ぐ。

 やがて、公園へとたどり着いた。その噴水の前に、イソギンチャクと怪人とを融合させたような見た目の深海獣が立っていた。


「来たか……魔法少女」


 イソギンチャク深海獣はそう言った。

 そして水底を蹴ってみなもの方に突進してくる。


「みなもちゃん! 変身して!」


 イルが叫んだ。そしてみなもはアクア・コンパクトとアクア・チャームを取り出して掲げる。

 しかしすぐに、イソギンチャク深海獣はみなもの身体に体当たりをくらわせてきた。

 コンパクトとチャームがみなもの手を離れ、水底に向かって沈んでいく。

 しまった……! 変身道具がないと変身できない!

 みなもはそのままイソギンチャク深海獣にのしかかられて、水底へと沈んでいく。

 ま……ずい……このまま変身できずに、ただ、深海獣によって水底に引きずり込まれたら、私は、息継ぎができなくって……窒息する……。

 みなもの脳裏に死のひと文字がよぎった。駄目だ……! 私が死んだら、誰がこの町を守るの? 誰が深海獣に変貌してしまった人を救えるの……?

 みなもは両脚をじたばたと動かした。

 そしてイソギンチャク深海獣の拘束を脱すると、水面に向かった。水面から顔を上げて息を吸い込む。そして呼吸を整えてから、ふたたび水底へと戻る。コンパクトとチャームを拾わなければならない。コンパクトとチャームとを拾って、私は魔法少女サファイアに変身しないといけない。

 イソギンチャク深海獣が待ち構えていた。しかしみなもは深海獣の攻撃をかわすと、水底に向かって手を伸ばした。

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