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第7話 恩師へ……・1

 みなもは、ひとりで下校道を歩いていた。夕陽が星ヶ丘の町を照らしていた。みなもの傍を、イルが飛んでいる。


「なーんか、元気ないね、みなもちゃん」


 イルが言った。


「だって……」


 とみなもは言う。


「私……結局誰も助けられなかった。カブトガニ深海獣は倒されちゃった。それに渚ちゃんだって、人殺しになっちゃって……」

「残酷な話だけどさ、カブトガニ深海獣は悪い人間だった。それに渚ちゃんはその悪を成敗したいい魔法少女だ。そう思えばいいんじゃないの?」

「イルまでそんなことを言うわけ?」

「だって、そう考えないとやってけないだろ? 魔法少女としても、友達としても、みなもちゃんと渚ちゃんは仲良くしていかなきゃいけないんだからさ」

「それはわかってる。わかってるけど……でも……」


 やっぱり、私は救いたかった。なるべく多くの人を、誰も傷つかないような方法で。


「欲張りなんだよな、みなもちゃんは。だから苦しんでる」

「イル……私……どうすればいいのかな」

「ボクは聖獣だぜ。人間側の事情に首を突っ込んでもって話だ。だからさ、答えはみなもちゃん自身が見つけていかなくちゃいけないんだよ」


 その夜、みなもは夜の町民プールに来ていた。プールの中には誰の姿もない。それもそのはずだった。今は練習の時間じゃなかった。ただ、みなもは泳がずにはいられなかったのだ。本当に、悩んでいる時はいつもそうだった。いつもそうやって、泳いで、悩みをすべて文字通りの意味で水に流す。みなもはそうしてきた。

 夜の町民プールに照明はついていない。ただ、天井付近の窓から月の光が降り注いでいるだけだった。

 みなもは飛び込み台から水の中に飛び込んだ。そして泳ぎ始める。あの光景が、何度もみなもの心の中にフラッシュバックをした。笑顔で、深海獣を葬り去ったことを報告する渚。あの時、もう少し早く私がたどり着けていれば……。

 みなもは泳ぎ続けた。プールの端から端を移動することを繰り返す。でも、今日は一向に心のモヤモヤが晴れそうにはない。何度も同じ悩みが、みなもの頭の中をぐるぐると繰り返す。それはさながら、渦潮のようであった。


「自主練をする時は、電気くらいつけておけ」


 そんな声が聞こえ、みなもは水面から顔を上げた。

 プールサイドに腕を組んでひとりの男がたっていた。

 そしてみなもは驚いた。彼が……どうして……ここに……。


「よっ、星乃みなも。久しぶりだな」


 男は手を挙げて、そう挨拶してきた。


舞鶴まいづる先生」


 舞鶴惟斗まいづるいと。彼はみなもの小学校時代の恩師だった。そしてみなもが水泳の道を志すようになったきっかけを作った人物でもある。

 みなもは、プールサイドのベンチに腰を下ろした。その隣に、舞鶴先生も座っている。


「今でも、何か悩みがあると、夜に自主練に来ているのか」


 舞鶴先生はそう言った。


「はい、まぁ……そんな感じです」

「どうだ? 少しは気分が晴れたか?」

「いいえ、今回ばっかりは……悩みが強敵みたいで……」

「珍しいな。泳いでも晴れない悩みがあるなんて」


 それから舞鶴先生は続けた。


「どうだ? なんだったら、いつかみたいに俺に相談してみたらどうだ?」

「それが……」

「はんっ、そうか」


 舞鶴先生は笑った。


「中学生ともなると、他人にそう簡単に悩みを打ち明けることもできなくなるか」


 それから先生は感慨深そうに続けた。


「それにしても、あの小さくて泣き虫だったみなもが、もう中学二年生か……いや、この時期だからもうすぐ三年生ってところか? 三年生になったら、受験生か。行きたい高校とか、将来やりたいこととかは決まってるのか?」

「泣き虫は余計ですよ」


 みなもは返した。


「でも将来……やりたいことですか……。水泳はずっと続けたいなって思ってますけど……。だから進学先も、水泳部のある学校がいいなって」

「そいつは俺も鼻が高いな。何しろ、みなもの才能を……」

「えぇ、感謝しています」


 みなもは感謝の言葉を述べた。


「でも……先生はどうしていきなり、星ヶ丘に戻ってきたんですか? 確か、あの時……」


 この町からはるか遠く離れた町の学校へと移動になったはずだった。お別れ会だってしたし……。


「あ、もしかしてまた星ヶ丘の小学校に移動になって、戻ってきたとか!」


 そうしたら嬉しいかもしれない。先生に上手くなった私の泳ぎを見てもらえる。先生とたくさんお話ができる。


「いや……」


 舞鶴先生の目はどこか遠くを見ていた。


「どうしたんですか?」


 みなもは尋ねる。


「里帰りだよ。この町は俺の生まれ故郷だからさ。ちょっとだけね」

「じゃあ、またすぐにいなくなっちゃうんですか?」

「多分……な」


 舞鶴先生は曖昧な答え方をした。


「さ、そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 両親も心配してるだろう」

「あ、確かにそうかもしれませんね……。私、ちょっと着替えてきます」


 みなもはそう言うと舞鶴先生の前を去っていった。


 しばらくして着替え終わったみなもはプールサイドを覗いた。舞鶴先生はまだそこに居た。みなもは彼に手を振ると、町民プールを出た。

 みなもの姿が見えなくなると、舞鶴先生はため息をついた。


「まさかと思ってここに来たが……本当に会えるとはな……」


 *


 みなもは家に帰ると、パジャマに着替えてベッドに横になった。


「さっきの人……誰だったの?」


 イルがみなもの傍の布団の中に入ってきて、そう尋ねる。


「ん? 恩師だよ。私の小学校時代のね」

「恩師?」

「そ、私が水泳の道を志すきっかけになった人物でもあるんだ」

「へぇ、その話、詳しく聞きたいな」

「長くなるけど、いい?」

「うん、一応ボクたちは聖獣と魔法少女って関係性だからさ。お互いのことはなるべく知っておいた方がいいと思うんだよね」

「わかった……」


 そしてみなもは話し始めた。


「私ね、小学校の頃は、すっごく弱虫で引っ込み思案で、いっつもクラスの隅でぼーっと外を眺めているような子だった。小学生なのに、特にやりたいことも何もなくってさ。でもそんな私にも、積極的に話しかけて、クラスの輪に入れようとしてくれたのが舞鶴先生だった。舞鶴先生は私のこと、気にかけてくれてね、それで、水泳の授業の時、私に泳ぎの才能があることを見つけてくれたんだ」


 みなもはそこで言葉を切った。

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