第6話 正義の鉄槌・4
カブトガニ深海獣は警官たちを投げ飛ばし、気絶させる。そして真由己の手を取ると立ち上がらせた。
「逃げましょう! 吉野さん!」
「逃げるって……どこまで……?」
「どこまでも……行けるところまで! さっきそう言ってくれたでしょう、吉野さんは!」
カブトガニ深海獣は真由己の手を取って走り始める。
その海岸から少し離れた道路に、一台のバイクが停車した。
「んん?」
シャチの頭部のようなヘルメットを被った男はヘルメットの奥から海岸の様子をつぶさに観察する。
深海獣だ。深海獣が警官たちを気絶させ、それから人間の女を伴って走り出したところだった。あいつ……女を誘拐して何をするつもりなのだろうか。
オルカはヘルメットを外した。
そして電話をかける。
「海岸に深海獣が現れた。現在、女を連れて逃走中だ。渚……来てくれるな?」
*
渚は地域のコミュニティセンターで合唱団の練習をしようと、ロッカールームで準備をしているところだった。指揮棒をじっと見つめる。渚専用の指揮棒だった。そして私の魔法少女としての武器も指揮棒……。
そんなことを考えていると電話が鳴った。オルカからだった。
「海岸に深海獣が現れた。現在、女を連れて逃走中だ。渚……来てくれるな?」
オルカはそう言った。
「はい! すぐに行きます!」
渚は言った。
この前のカブトガニ深海獣だろうか。どっちにしろ深海獣が現れたというのなら、私は戦わなくちゃいけない。魔法少女として、みなもちゃんを、そしてみなもちゃんの住む町を守らなくちゃいけない。
渚は指揮棒をロッカーにしまうと、ロッカールームを飛び出していった。
*
みなもは町の交差点で、見ず知らずのおばあちゃんの買い物荷物を持ってあげていた。
「いやぁ、助かるねぇ。あなたみたいな若者がいてくれると……」
おばあちゃんは言った。
「いえいえ……」
みなもが言った時だった。
交差点の向こう側を、渚が駆けていくのが見えた。
「渚……ちゃん?」
もしかして、深海獣が現れたのだろうか。だから走っているのだろうか。だとしたら、追いかけたい。でも……今はまだ、おばあちゃんの荷物を持ってあげなくちゃいけないから……。
これが終わったら、すぐに追いかけよう。
*
カブトガニ深海獣は真由己を連れて走っていた。かつて鉄道の路線が走っていたであろう廃線路を、ふたりは駆け抜けていく。
だが、その前に、ひとりの少女が現れた。
渚だった。
カブトガニ深海獣は立ち止まる。
「お前は……あの時の……」
「そう……この町のため、みなもちゃんのため、私はあなたを倒さなくちゃならない!」
そして渚はアクア・コンパクトとアクア・チャームを取り出した。
「吉野さん、逃げてください」
「で、でも……」
「いいから逃げて!」
真由己はカブトガニ深海獣から離れると、近くにあった石炭車の陰に隠れた。
「人質を逃がしたの? 私の前だけで善人ぶるつもり? 悪人のくせに……」
そして渚はアクア・チャームを掲げる。
「ドレスアップ!」
地面を蹴り、空中に飛び上がった。そしてアクア・コンパクトにアクア・チャームを差し込む。
アクア・コンパクトからピンク色の光がほとばしり、渚の身体に魔法少女コーラルマーメイドドレスのコスチュームが装着されていく。渚の黒い髪が水色へと変わった。そして渚はアクア・コンパクトを閉じてその蓋を二回叩く。人魚の尾びれが光の粒子となって飛び散り、そこから人間の脚が伸びる。
渚は地面に着地をした。腰のポシェットにアクア・コンパクトが収まった。
「凍てつく海の静寂に誓う、魔法少女コーラル!」
「魔法少女か……。俺の邪魔はさせない!」
カブトガニ深海獣は渚に向かっていく。
渚は左手にコーラルシールドを、そして右手にコーラルタクトを生成し、シールドでカブトガニ深海獣の攻撃を受け止めた。そして深海獣を押し返す。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
渚はさらに、深海獣の身体にタクトで突きの攻撃を行った。カブトガニ深海獣の身体は地面を転がる。
「う……ぅ……はぁ……はぁ……」
カブトガニ深海獣は息を切らしていた。
「どうして……」
とカブトガニ深海獣は言った。
「どうして俺を狩ろうとするんだ!」
「悪は許せないから」
渚はコーラルタクトのスイッチを二回押した。
「私は正義のために、悪を成敗しなくちゃいけない。だから!」
そして金色に発光するタクトをカブトガニ深海獣の表皮に突き立てた。
「う……う……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
直後、カブトガニ深海獣は炎に包まれて爆散した。渚は炎を背に振り返った。炎が晴れると、そこには、カブトガニ深海獣の残骸さえも残っていなかった。
戦いの場に、みなもが現れた。
「渚ちゃん!」
みなもは叫ぶ。
「みなもちゃん!」
渚は笑顔になり、みなもに駆け寄った。
「私……倒したよ、深海獣を! まずは一匹目……だね!」
「倒し……ちゃったの……?」
みなもの目が見開かれる。
「うん、みなもちゃんのために私、頑張っちゃった!」
そしてタクトとシールドを消滅させ、渚はみなものことをぎゅっと抱きしめた。
「私、みなもちゃんを守るためなら、どんな敵とも戦えるから。どんな相手も、倒せるから……」
そこから少し離れた石炭車の陰から、真由己は一部始終を見ていた。
そしてその場に膝を着く。
「焼津さん……どうして……どうしてこんなことに!」
真由己は言う。せっかく、一緒にバンドを組もうって言ってくれた仲の相手なのに。一緒に行けるところまで行こうと思った相手なのに……。これからどんどん、相手のことを知っていこうと思っていたのに……。それなのに……こんな結末……。
「許さない……」
真由己は顔を上げた。そして石炭車の向こう側に見える魔法少女たちを睨みつけた。
「私は……あいつらを許さない……。復讐してやる……。私は……鬼になってやる……」
彼女のそばの水たまりに、憤怒のギガロの姿が映った。




