第6話 正義の鉄槌・2
「やっほー、人魚廃人さん」
入ってきたのは渚だった。
「なんだ……渚か」
「なんだって何? 私じゃ悪かったわけ?」
「いや、人魚かなーって思って。あの時の人魚が、僕のところに会いに来てくれたり……」
「はぁ……」
渚は頭を抱えた。
「ずっと恋の病を引きずっているわけ? この前のテストの結果も悪かったっていうし……」
「だって彼女……僕のことを助けてくれた。それだけじゃない、渚のことだって助けてくれたんだぞ」
「それは覚えてないから知らないけど……そんな航太くんに朗報があって」
渚は言う。
「朗報って?」
「人魚は実在する! ……かもしれなくって……」
「本当かい!? それは……」
航太は勢いよく椅子から立ち上がった。
「うん! って、相変わらず下手くそな絵だねー」
渚は言う。
「いいから! いいから教えてくれよ! その話を詳しく……!」
航太は渚の肩を掴んだ。
「うん……えっとね……人魚って昔は本当に存在してたんだけど……昔は絶滅しちゃったって話……。でもね、もしかしたらその生き残りがいたんじゃないかって私、思ってて……そう考えれば、辻褄が合うでしょ? 航太くんが見たのはその生き残りだったんだよ!」
「うん、だいたい言わんとしていることはわかったけど……君はどっちかっていうと人魚否定派だっただろ? どうして急にその立ち位置を入れ替えたのさ」
「ふふーん、それはね」
渚は腰に手を当てて、得意げに言った。
「私、人魚の血を引いてるってわかったから。人魚の血を引いてると魔法少女に変身できるから」
「はぁ……」
航太はため息をついて椅子に座った。
「あ、あれ……?」
「僕をからかいに来たのか、渚は。悪いけど僕はそこまで非現実的に落ちぶれちゃいないよ。僕は実際に目で見たものを信じて、人魚の実在を証明しようとしてるんだ」
「え、信じないの?」
「信じないよ。もう帰って」
「むぅ……」
渚は口を尖らせた。そして、理科室から出ていく。
「馬鹿っ、私の言葉くらい信じてよ」
理科室の扉の前で、渚はそう言った。
*
学校の、屋内プールの飛び込み台から、みなもはプールに飛び込んだ。そして泳ぎ始める。悩み事がある時は泳ぐに限る。みなもはそう思った。みなもは水と一体になった。
渚ちゃんは私を守るために変身してくれた。それは、友達として嬉しいことだった。でも、なんだろう、素直に喜べないこの気持ちは。渚ちゃんが私のために傷つくのは見たくないから? いや、それだけじゃないだろう。渚ちゃんの信じる「正しさ」と私の信じる「正しさ」はそれぞれに違っていて……。どうして? 私たちは友達なのに。友達なのにどうしてこんなに胸が苦しくならなくちゃいけないの?
「おーい、みなも!」
そんな声が聞こえた。
みなもはプールの中程で泳ぐのをやめて顔をあげる。見ると、プールサイドに制服姿の航太が立っていた。
「航太くん……」
人魚に執着するスランプからは解放されたのだろうか。みなもは航太の方に泳いでいく。
「どうしたの……?」
水の中からみなもは問う。
「ちょっと……渚ちゃんのことが気になったんだ。彼女、自分が人魚の魔法少女だとかなんだとか、そんな嘘をつくんだよ。それがちょっと気になってね」
それ、嘘じゃないけど……。とみなもは言いかけた。でも、航太くんにもそんなこと言うんだ。
「僕を元気づけようとしてくれるにしても、あまりにもやり方がおかしいからさ。ちょっと気になって……。みなもちゃんならわかるかなって。みなもちゃん、渚ちゃんに最近……何か変わったこととか起こらなかったかな?」
みなもは水から上がり、プールサイドに腰を下ろした。
「変わったことっていうか……」
みなもは慎重に言葉を選ぶ。
「渚ちゃんって、本当にいい子だよね。頭いいし、それでいてまっすぐだし……。だから私、渚ちゃんのこと、本当に誇りに思ってる。でもちょっとだけ……渚ちゃんのまっすぐさが怖くなることがあってさ。私……渚ちゃんの友達としてやっていって、いいのかなって……。うん、渚ちゃんのこと、好きなのは事実なんだけど……」
「うーん……みなもちゃんの言ってること、なんだか僕には全部理解することは出来ないみたいだけどさ」
と航太は言う。
「友達って……全部が全部一緒だったらつまらないじゃないか。同じところがあったと思えば、違うところもある。だから一緒にいて面白いと僕は思うんだけどな」
「そう……かもね」
みなもは言った。
「あれ、なんだか僕の方が相談しに来たのに、いつのまにか僕がみなもちゃんの相談を受けてる?」
「ん? あれ? ごめんね、でも私、今、悩み中だったからさ」
みなもはそれから少し笑った。
「でも航太くんの言う通りかもしれないな。渚ちゃんと私は違う、でも違うからこそ面白いのかも」
だから……とみなもは心の中で付け加える。渚ちゃんが魔法少女としての力で私を守ろうとするように、私だって私なりのやり方で、渚ちゃんを守ろう。
*
蒼太は昼間から、酒を飲んでいた。今日はバイトを無断欠勤してしまった。なぜなら、あの深海獣としての醜い姿を晒してしまったから……。バイト先のみんなは、深海獣になった蒼太のことを「化け物」と呼んだ。きっと僕はよっぽど酷い見た目をしていたに違いない。僕はこの世にいちゃいけない化け物なのかも……。
「荒んでいるな」
シンクに溜まった水たまりに映ったギガロがそう言った。
「そう見えるか?」
「あぁ。そこまで荒んでいるのなら、その力でこの町を滅ぼしたらどうだ? アクア・ドームを展開し、この町を深海に沈めてしまえば……」
「興味ないね」
それから蒼太はギターを手に取った。
「沈んでいくのは俺ひとりで十分なんだよ。この町の水底に、たったひとり、沈んでいくのは……」
その時、部屋のインターフォンが鳴った。
慌ててギターを畳の上に置いて扉を開けると、そこには真由己が立っていた。ギガロの姿が消える。
「焼津さん……」
真由己は言った。
「あの怪物は……焼津さんですよね」
気づかれていたか……しかも、いちばん気づいて欲しくなかった人に。




