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第6話 正義の鉄槌・1

 オルカが案内したのは、あるビルの地下にある部屋だった。そこは、薄暗く、コンピューターの光が星あかりのように輝いている狭い部屋だった。足の踏み場もないくらいに色々な道具が散らかっている。

 オルカはその中の、デスクトップの前のゲーミングチェアに腰を下ろし、デスクトップを起動させた。


「俺はオルカの名前でハッカーをやってるんだ。もちろん悪いことをしない方のだぜ、ホワイトハッカーってやつだ。まぁそんなことは今回の話には微塵も関係ないんだけどな」


 オルカはそう言ってパソコンの画面にある古い書物のページを表示させた。


「『人魚の書』だ。俺の家系に、古くから伝わっていてな。原本は俺の実家にあるわけだが、ここにはそれをスキャンしてデータ化したものが保存されている。人魚文字で書かれているが、俺が解読した内容はざっと……」


 と言ってからオルカは近くの機器の山をあさり、そこから紙の束を取り出した。


「ここにまとめたような感じだ」


 オルカはその紙の束を渚に手渡した。


「うっわ、こんなに色々書かれてるんですか? 全部読めって言いませんよね? みなもちゃんじゃないけど、さすがに私だってこれは……」

「今しれっと私のこと馬鹿にした?」


 みなもは聞き返す。


「気のせいじゃない?」


 渚は言う。


「いいや、別に全部読む必要はない。大半はどういう内容なのか、俺にもまだ解明できていないからな。でも、今わかっている点は……」


 とオルカは続ける。


「この書物は人魚族最後の集団が書いたということ。そして遥か未来、人間たちの環境破壊がこのままの状態で進めば、その汚れた海水や人間のエゴから生まれた怪物、深海帝国アビサルと、彼らの眷属たる深海獣が地上世界を深海に沈め、この世界を海の暗黒に包こもうとするであろうということ。それに対抗できるのは、人魚の力を受け継いだ戦士、魔法少女だけだということ……」

「それが……私ってことですか?」


 渚が尋ねる。


「あぁ、俺はかつて海だったという海外のある遺跡に向かった。そしてそこで、発見したんだ。そのコンパクトとチャームを。これを使えば、人魚の血を引いた女の子が魔法少女に覚醒できる。そう思ってな」

「でも、どうしてわかったんです? 私たちが……人魚の血を引いているって。だって私、みなもちゃんと違って、泳げないし……」

「個人の能力は関係ないんだ。ただ……」


 と、オルカはシャチの頭のような形をしたヘルメットを手に取った。


「このヘルメットには俺が開発したウェイブスキャナーという技術が使われている。それが何かというと……あらゆるものに流れている『波動』を検知する力だ。そしてこいつを使って見れば……人魚の波動だって簡単に検知できる。だからすぐにわかったんだ。君たちふたりが人魚の力を引いてるってことはな」

「私だけじゃなくて……みなもちゃんもなんだよね……」


 渚はみなもの方を見た。


「あぁ、でも咄嗟に俺がアクア・コンパクトを渡したのは渚の方だったな。多分……渚が友達を救おうとするところに共感したんだろう。まぁみなもも今は、自分のできる範囲で、渚の力になってあげてくれ、もしかしたらいずれ……新たなコンパクトが発見されて……」

「だと、いいね」


 渚はみなもを見ながら言う。


「私たち、魔法少女として一緒に戦えたら、きっと息ぴったりだよ」


 うーん、なんかな……。みなもは考える。ますます私も魔法少女ですって言いづらくなってきちゃったじゃん!


「でも、目下の問題は、逃げ出した深海獣ですよね。カブトガニ深海獣っていうんですか? あいつ……」


 渚は言う。


「あぁ、見たところカブトガニの属性を持つ深海獣みたいだった。深海獣は大抵、海棲生物の属性を有しているっていうからな」


 それからオルカは続ける。


「アビサルはエゴを持つ人間の心の隙間に入り込んで、その人を深海獣に変える。つまり深海獣に変身するのは、自分の力を振りかざして他者を踏みにじる、どうしようもない悪人ってことだな。そして深海獣を取り締まる法律はこの日本には存在しない。だから俺たちが裁かなきゃいけないんだ。自分のエゴのために、地上を深海に沈めようとする深海獣は、死刑に値すると俺は思ってる。渚、君がその力を使って……深海獣に正義の鉄槌をくらわしてやれるか?」

「もちろんです」


 渚は頷いた。


「私、みなもちゃんを……この町を守りますから。魔法少女となった以上、この命に換えてでも!」


 それからしばらくして、みなもは渚たちと別れ、家路を歩いていた。スクールバッグの中からイルが飛び出してくる。


「なーんか、悩んでるみたいな顔だね、みなもちゃん」


 イルは言った。


「だって……私、今まで深海獣を倒さないでやってきて……それなのに……渚ちゃんやオルカさんは、その深海獣を倒すべき存在だって言ってて……」

「間違ってないと思うよ、ボクはみなもちゃんのやってること……。だって、相手は人間でしょ? いくら悪人が相手でも、命を奪うなんて、そんなこと……」

「でも、深海獣は法律では裁けない……。ねぇ、深海獣の罪の大きさってどのくらいなの? 深海獣って、死ななきゃいけない存在なわけ?」


 イルは何も答えなかった。


「私……色々わからなくなってきちゃって。渚ちゃんにいつ本当のことを伝えればいいのかもわからないし……」

「みなもちゃんは……どうしたいの?」


 イルは問いかけてくる。


「私は……」

「みなもちゃんが何をしたいのか、自分の心に従うのがいちばんだと思うよ。ボクはあくまでもみなもちゃんに力を与えただけの聖獣だからさ。その力をどう使うのかは、みなもちゃん自身にかかっていると思うんだ」

「なにそれ、責任放棄?」


 みなもは言う。


「そうだよ、でも、誰かに押し付けられた意思で苦しんでるみなもちゃんなんて、ボクは見たくないからさ」


 *


 航太は、理科室で白紙に人魚の絵を描いていた。その絵は、お世辞にも上手いとはいえない。


「はぁ……」


 航太はため息をつく。

 するとそこで、理科室の扉がノックされた。


「どうぞー」


 覇気のない声で航太は言った。

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