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第1話 人魚の戦士・2

「うん、大体は想像つくけど」


 と渚は言った。


「またいつもの通り、天然で空気の読めない航太くんが変な発言をして、みなもちゃんを怒らせちゃった。みなもちゃんは素直じゃなくて意地っ張りだから余計にふたりの関係をこじらせて……今ふたりは絶賛喧嘩中……と」

「僕ってそんなに空気読めなかった?」

「私はすっごく素直な中学二年生だけど」


 ふたりのその発言を聞いて渚はため息を着いた。


「まぁふたりがそう思ってるんなら別にいいんだけどさ……。とにかく仲直りしてよ。板挟みになる私の気持ちも考えたら?」

「それは……ごめん」


 みなもは謝った。


「でも、板挟みっていうか、勝手に首を突っ込んだだけでしょ? 渚はさ」


 その発言に、渚の拳が航太の頭へと命中した。


「痛い……」


 航太が涙目になる。


「なんだかんだいって、いちばん気が短いのは渚なんだよねー……」


 今度はみなもがため息をついた。


「ま、まぁ気を取り直して、雑談をしながらでも気が紛れたりしないかな! 航太くん、最近の海洋生物研究部の活動は?」

「あー、えっと……」


 航太は立ち上がる。そして近くの水槽へと向かった。


「まずはこの子たちへの餌やり。えーっと、名前は太郎に次郎に三郎に……それからエリザベート」

「そこ、最後まで統一しないの!?」


 渚が言う。


「そこは僕のフィーリングで決めてるっていうか……ほら、合唱部と一緒でこの学校の海洋生物研究部って、僕ひとりしかいないわけでしょ」

「まぁ、そうだけど……」

「あとは、目下の研究課題はこれだね……」


 航太は机の引き出しから、ひとつの大きな二枚貝を取り出した。二枚貝の口は固く閉ざされている。


「これ、砂浜で見つけてさ」


 と航太は言った。


「なんの貝かわからなくてさ、だから調べようと思って……」


 それから航太はふたりに二枚貝を見せてくる。


「ふたりは……わかる?」

「航太くんの知らない生き物を、私たちが知ってるわけないでしょ?」


 渚が言う。


「うん、同じく……」


 みなもも頷いた。


「そっかぁ。僕のお父さんは海洋調査に出ていてしばらくは帰ってこないし、海の神秘の謎解きはお預けかなぁ」


 みなもは貝殻をじっと見た。確かに、見たこともない貝だ。貝というよりも、どちらかというと青みがかったような宝石を貝の形に削り取ったオブジェのように見えるし……。それに、なんだろう、この感覚は……すごく、懐かしいような気がする。

 貝に手を伸ばしていると、渚もまた同じように貝に手を伸ばしていたようで、ふたりの指先が当たった。


「あっ……」


 みなもは渚の顔を見る。


「渚ちゃんも……この貝が気になるの?」

「あ、うーんと、えっとね……」


 渚は目を泳がせた。今感じた感覚をなんと言葉で表現すればいいのだろうか。


「あぁ、もし良かったら、持ち帰ってもいいよ。ふたりのうちのどちらかがさ」

「え、いいの?」


 みなもは目を丸くする。


「うん、だって気になるっていうのも何かの縁だと思うからさ」


 みなもは渚の顔を見る。どっちが持ち帰ろうか。


「じゃんけん……する?」


 みなもは言った。


「じゃーんけーん」


 みなもはチョキ、渚はパーを出した。


 *


 美方正治みかたしょうじは、星ヶ丘中学校の制服姿のまま、浜辺に落ちていた貝殻を海へと蹴飛ばした。

 海が……憎い。それなのに、どうして……。

 正治は叫び出したい気持ちになる。海に向かって叫びたい。お前が憎いと叫びたい。

 海よ、お前は僕から大切なものを奪った。だから僕はお前を許さない……。

 正治はゆっくりと歩みをすすめた。制服の膝が海に浸かる。それでも構わなかった。冬の海水は、冷たい。でも、僕にとってはそんなこと、どうでも良くって……。

 不意に、水面に映る正治の影が揺らいだ。そして現れたのは、黒い、イカのような人間のような……そんな不思議な見た目をした影だった。


「お前の心の闇……確かに受け取ったぞ」

「なんだ……なんだよお前は……」

「深海帝国アビサルが首領……溟海めいかいのクラウス。それが私の名前だ。そして私はお前に力を与えることができる。この世界を深海へと沈める、大いなる力を……」

「深海……海だって……?」


 ふざけるな、僕はその海が憎くて……。


「海は美しい、海は綺麗だ、海は楽しい場所だ。そんな戯言にはもう飽き飽きしたよなぁ。お前は知っているはずだ。海の恐ろしさを。海とは人類が共存できるものじゃない。だがここの連中はそれがわかっていない。『海と星の町、星ヶ丘』……だぁ? そんなもの、深海の冷たい水に沈めてしまえ。お前が海の恐ろしさをこの町の連中に思い知らせてやるのだ」

「海の恐ろしさを……。あぁそうだ、僕はみんなに海の恐ろしさを知って欲しい。海は時に牙を剥くと。でも……どうすればいい? どうすればここの連中の目を覚ますことができる?」

「答えは簡単だ……私に身を委ねればいい。我が深海の力に全てを委ねればいい。それだけの話だ……。美方正治、お前に力を与えよう。全てを沈める、深海の力を」


 クラウスは手を伸ばした。その手の中から、黒く輝く球体が出現し、正治の胸の中へと吸い込まれていった。


「これは……」


 正治の両目が一瞬、赤く光り輝いた。


「いける……いけるぞ、僕はこの町の連中に思い知らせることができるぞ!」


 *


「うーん」


 家に帰ったみなもは航太が見つけたという青い貝殻とにらめっこをしていた。


「なんとなく気になったから持って帰ってきちゃったけど、見れば見るほど……なんなんだろう、これは……そもそもまだ生きてるのかな」


 貝の口は固く閉じられている。


「こじ開けてみる? でも、そんなことをしたら貝は壊れちゃうもしれなくて……ううん、いいんだ。私、航太くんのこと、まだ怒ってるからね? さっきはうやむやにされちゃったけど……でも……」


 それからみなもは机の中からハンマーを取り出した。


「くらえ! 私の怒りを!」


 みなもはハンマーを振り下ろす。

 その瞬間だった。貝殻が眩い光を放った。


「な、なに、この光は……」


 みなもは目を覆う。

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