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第5話 渚とオルカ・3

「それで、強盗か」

「今が辛い、今が厳しい。だからいっそのこと警察に捕まっちまえば楽になると思ったんだ。でもよ、あんた……あれを見てたんならわかるだろ? 俺には強盗さえも無理だったんだ。俺は……結局何をやっても中途半端な人間なんだよ」


 蒼太はビールの缶をグイッと飲み干した。


「そうか……ならば滅ぼせばいい」


 ギガロは言った。


「俺様には、貴様に大いなる力を与えることができる。その力を使えば、貴様を排除してきたこの町なんて……簡単に破壊できるのだぞ」


 蒼太は畳の上に大の字に寝そべった。


「そういうの、いいんだよね。破壊だとかなんだとか。ただ……俺だけが破滅すればいい。それだけの話だよ」


 翌日、蒼太はスーパーのバイトに向かった。ギガロの姿はそういえばいつの間にかいなくなっていた。不思議な存在だなとは思ったが、蒼太は気にしないことにした。

 そして蒼太は一日、怒られ続けた。


「いいか! お前は一挙手一投足、全てが遅いんだ! もうちょっと考えてから行動しろ! 馬鹿じゃないんだからわかるよな? お前なんかよりも学生バイトの方がよっぽどか使える。それでもお前をここにいさせてやってるんだから、感謝しとけよな!」


 蒼太はスーパーの裏の倉庫で、店長にこっぴどく叱られていた。この店長はその日の機嫌で、態度がころころと変わる。そして、いつも怒られるターゲットは蒼太ばかりだった。

 倉庫の奥から商品を運び出しに来た、女子大生のバイトふたり組がそれを見て、くすくすと笑った。


「ほらみろ、大学生にも笑われてる。そんなんだからいつまで経ってもフリーターなんだよ。恥ずかしいと思わないのか?」


 店長は蒼太の肩を小突いた。蒼太は何も抵抗しなかった。


 休憩の時間になった。蒼太は休憩所ではなく、店の裏口の空きスペースにあるコンクリートブロックの上に腰を下ろした。そしてお茶をそばに置き、コンビニで買ってきたおにぎりを開ける。

 裏口からは海がよく見えた。


「いつもあんな感じなのか」


 お茶の中にギガロのシルエットが浮かび上がった。


「あぁ、そうだよ。でもいいんだ。だって俺の仕事ができないのが悪いんだから」

「どうしてこの世を恨まない? こうなったのは誰のせいでもないだろう。全部……」

「いや、俺のせいなんだ。俺が全部、中途半端だから……」


 その時だった。足音が聞こえてきた。ギガロの姿が消えた。顔をあげると、さっきの女子大生ふたり組の片割れだった。


「あのっ、いつもここにいますよね!」


 彼女は言った。名前は確か……吉野真由己よしのみゆきといったか……。


「何?」


 さっきの記憶が残っている蒼太は少し不機嫌になってそう言った。


「謝ろうと思って……さっきは、店長の前だったし、友達もいたから、一緒になって笑っちゃったけど、本当はそんなことをしたらよくないなって。焼津さんってこのスーパーに入ったばっかりでしょ? だからよく知らないと思うんですけど、あの店長、ひとりの人を集中攻撃するきらいがあるんです。焼津さんが入ってくる前は私でした。私は……どんくさいから……」

「そんなことはないと思います」


 蒼太は言った。


「少なくとも俺よりは……」

「いいえ、どんくさいんです。失敗ばかりです。それに駄目な人間なんです。焼津さんが入ってきて、私が怒られることが減って……ちょっと安心したきらいがあって……」


 それから真由己みゆきは話題を切り替えた。


「どうして焼津さんはいつもご飯、ここで食べてるんですか?」

「海が……」


 と蒼太は海を指さした。


「海が見えるから。俺はこことは違う、港町で産まれました。でも結局、海が見えると安心するんです。だって流れに流れて、海と星の町、星ヶ丘にたどり着いたんですから」

「きっと優しいんですね」


 真由己は言った。


「焼津さんの仕事が遅いのは、誰よりも丁寧に仕事をしているからだと思うんです。少なくとも私は応援してますよ、焼津さんのこと」


 それから真由己はスーパーの方に戻っていった。


「さ、私はななちゃんと一緒にご飯を食べる約束、してたから……」


 蒼太はお茶を手に取った。


「ギガロ、そこにいるのか? 俺はこの世界、別に滅ぼさなくてもいいかもしれないよ」


 その時だった。どこかから悲鳴が聞こえてきた。蒼太はおにぎりを落とす。この悲鳴は……真由己のものだ!

 スーパーの正面に回ると、真由己が金髪の男にナイフを突きつけられ、後ろから押さえつけられていた。その様子を、店長や他の店員たちが遠巻きに見ている。


「いいか! お前ら! 俺を少しでも刺激してみろ! こいつの命はないぞ! 俺は会社をリストラされた! もう失うものなんて何もないんだ!」


 男は叫ぶ。今にもナイフを真由己に突き立てそうだった。

 どうする? 蒼太は心の中で、自分自身に問いかけた。出ていくか? でも、下手に出て行ったら、激高した男によって真由己が……。

 その時、蒼太は水たまりを見つけた。蒼太は地面に膝を着き、水たまりを覗き込む。


「ギガロ!」


 蒼太は叫んだ。


「いるんだろ! 見てるんだろ! お前の言う力っていうのがどんなものなのかはわからない! でも俺は、今その力を使いたいんだ!」

「いいだろう。少しイレギュラーな事態ではあるが、それが貴様の望みであるならば……与えよう。深海獣の力を」


 ギガロが右手を伸ばした。そこから黒い真珠のような宝石が、現れ、蒼太の胸に吸い込まれる。

 その瞬間、蒼太の姿が変化する。手足が茶色い甲殻に覆われ、頭には笠のような甲殻が展開する。カブトガニの深海獣、カブトガニ深海獣だ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 カブトガニ深海獣は走り出した。

 そして金髪の男に向かっていく。


「な、なんだっ!」


 金髪の男は思わず真由己を離した。


「きゃっ」


 真由己は地面に手をつく。

 カブトガニ深海獣の怒りは収まらない。どうしてなんだ。どうして何も悪いことをしていない人間ばっかり、いつも酷い目に遭わなきゃいけないんだ! 今までの怒りをすべてぶつけるつもりだった。

 カブトガニ深海獣は金髪の男の首を掴むと、その身体を持ち上げる。

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