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第5話 渚とオルカ・2

「俺の……望み?」


 強盗の青年は問い返す。


「あぁ、貴様の満たされぬその想いが俺様を呼んだ。俺様ならば、お前の望みを簡単に叶えることができる。さぁ、お前のその欲望を解き放て……」

「いや……悪いけど、俺にそんなことなんて……他、当たってよ。俺は見ての通り、何もできない底辺野郎だからさ」


 青年は言った。


「なぜそこまで自分を卑下する?」

「何故って……別にいいだろ。お前には関係ないだろ!」


 青年は言い返した。


「ふん……まぁいい、いつでも俺様が必要になったら言うといい。いつだって力になってやる」


 ギガロの姿はそう言って、水たまりから消滅した。


 *


 オルカは海沿いの道をバイクで疾走していた。

 オルカのヘルメットのバイザーを通してみる世界は、様々な情報で溢れていた。目に映る全てのものが、放っている「波動」が数値化されて映っている。


「人魚……」


 とオルカは呟いた。


「あいつはたしかに、人魚だった……」


 オルカはバイクを停止させた。


「もう一度……接触してみるか?」


 *


「やっと買えたよぉ」


 駅前のコンビニで、みなもはいちごプリンパフェを手に、ロータリーのベンチに座った。その隣に渚も腰を下ろす。


「よかったね。これでお勉強も捗るって感じ? 頭の回転をよくするためには、甘いものが必要だっていうもんねー」

「それとこれとは別の話でしょ?」


 みなもは返す。


「というか……私、この前のテストでは赤点、回避したから」


 みなもは純亡のことを思い出す。純亡ちゃん……元気にしてるかな。お父さんが亡くなって、お母さんが逮捕されて、それからおじさんに引き取られて……。ううん、純亡ちゃんのことだから、もう迷ったりはしないはずだ。きっと元気にしていることだろう。


「何思いを馳せてるの? もしかして会長さんのこと? たしかにあの事件はびっくりしたけどさぁ」


 病院での殺人事件だけは、テレビのニュースで流れていた。その背景の深海獣やアビサルのことは当然ながら何もやっていなかったけど……。


「うん、でも、純亡ちゃんなら大丈夫だよねって思って……」

「そうだね、みなもちゃんが頭が悪いっていうのと同じくらいには確実だよね」

「なんで私の悪口を言うかなー」


 みなもは口を尖らせた。


「それにしても、このいちごプリンパフェ、美味しいねぇ」

「あ、誤魔化した」


 みなもはじとっとした眼差しを渚に向ける。

 ふたりは、いちごプリンパフェを食べ終わると、それぞれの家の方面へと別れた。

 渚はひとりで歩き始める。

 そんな渚の方に、バイクのエンジン音が近づいてきた。

 渚は振り返った。


「あれ、オルガンさん?」

「オルカだ」


 オルカはバイクを止めるとヘルメットを外した。


「あぁ、オルカさん」

「お前……人魚か?」


 オルカは問う。


「にん……ぎょ……?」

「いや、まだ覚醒していないか。まぁそうだろな、覚醒していたら強盗相手にあんな後手は取らない。すぐに変身して強盗の魔の手から逃れたはずだからな」

「さっきからなんの話を……?」

「いや、なんでもないんだ。ところで……最近は変わったこととかないか? その……危ない目にあったりとか……」

「いや、特にないけど……」


 渚は答える。


「そうか、それなら良かったが……念のためだ。連絡先を交換しておこう」


 オルカは携帯電話を取り出した。


「うん……」


 渚も携帯電話を取り出す。そして、連絡先を交換した。

 オルカはふたたびヘルメットを被ると、渚の前を去っていった。


「何あれ、新手のナンパ?」


 渚は携帯電話を見つめ、それから首をかしげた。携帯電話の画面には「Orca」と書かれた連絡先が映っていた。


 *


 夜になった。強盗の青年は、コンビニでお弁当を買うと、安アパートの二階に上がり、それから自分の部屋の鍵を開けて、その中に入った。表札には「焼津」と書かれていた。

 青年、焼津蒼太やいづそうたは家の照明をつけ、電子レンジにお弁当を入れる。

 そして流し台に溜まった水たまりを見て、動きを止めた。そこには憤怒のギガロの姿が映っていた。


「また現れたのかよ」


 蒼太そうたは言った。


「あぁ、俺様はそう簡単に諦めたりはしないぜ。お前の暮らし、とくと見せてもらう。しかしコンビニ飯とは……不健康な暮らしをしているものだな」

「別にいいだろうが」


 と蒼太は言い返す。


「何を食べてようが俺の勝手だろ」

「しかし寿命が縮むことになる」

「言っとけよ、俺は早く死にたいんだ。こんな世の中……」

「なぜそこまでしてこの世を恨む?」

「俺がこの世を恨んでるからあんたはここに来た。そうだろ? だったらその理由がなんであれ、いいだろうが。俺は決めたんだ。俺の好きなように生きて俺の好きなように死ぬってな」


 それから蒼太は冷蔵庫を開けて、缶ビールに手を伸ばす。


「晩酌……か」


 ギガロは言った。


「あぁ、酒を飲まずにはやっていられないだろ?」


 レンジの音が鳴った。


 夕飯を食べ終わると、蒼太は畳の上に座り、音を出さずにエレキギターの練習を始めた。窓辺にある水の入ったペットボトルに映ったギガロはそれを聞いている。


「ギター、好きなのか」


 ギガロは言った。


「あぁ、こいつだけはどんなになっても、俺と一緒にいてくれたからな」

「バンドはやらないのか」

「昔やってたけどな、よくある話だよ、方向性の違いってやつで解散しちまった」


 それから蒼太はぽつりぽつりと語り始める。


「俺はなんだってそうなんだ。大学だって中退した。仕事だって会社が倒産してなくなっちまったさ。いや、そもそも俺が中途半端な夢にすがりついていたからいけなかったのかな。俺は仕事をしながらも、どこかここが俺の居場所じゃないって思い続けてて……。本当は、ギタリストになりたかったんだ。でも、俺の才能は凡庸で、でも、他の道は考えてなかったから、俺みたいなのにありつける仕事はなくって……それで、今はバイトを転々と……」


 蒼太はそばに置いてあった飲みかけのビールの缶に手を伸ばした。

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