第4話 私の居場所・3
「偽善者じゃ……ない?」
純亡は顔を上げた。渚の表情は怒っているようだった。ほとんど見ず知らずの私を、友達のために怒ってくれているこの子は一体……。
「そうだよ。だから私も、みなもちゃんのことが好きなの」
「みなもちゃんを……呼んでほしいわ」
純亡は呟くように言った。
「ふたりだけで話がしたいの」
深海獣になってしまった自分と、それから本来はそれを止めるべき魔法少女であるみなもちゃんとのふたりだけで。
*
純亡の父親は、彼女の母が入院している星ヶ丘総合病院へと来ていた。
そして彼女の病室の前でゆっくりと頷く。今日こそ、言ってやるんだ。これは自分のメンツとか、そういうものを守るためじゃない。娘である純亡のために、今まで逃げ続けてきた私がやらなきゃいけないことなんだ。もう遅いかもしれない。でも、やるべきことなんだ。
そして純亡の父は病室の扉をノックした。返事はない。純亡の父は病室の扉を開けた。
純亡の母は、ぼんやりと窓の外を流れていく雲を眺めていた。
「どこであの子の育て方を間違っちゃったのかしら……」
母親はこっちを見ずにそう言った。果物ナイフでりんごの皮を剥いている。
「お前……」
父は言った。
「私が悪かったのかもしれないわね……」
母はぽつりぽつりと言う。
「どこかで……あの子への関わり方を間違えた……だからこんなことに……」
「わかったんだな」
父は少し表情を緩めた。
「わかってくれたんだな。あいつの気持ちを……」
「えぇ、わかったわ。私がこれから、あの子にどう接していかなきゃいけないのかをね」
「それはよかった……」
純亡の母親は振り返ってこっちを見た。近くの机に果物ナイフとりんごとを置いた。
「もっと厳しく……医者の娘として育てていかなきゃいけなかったのよ」
「お前……それは……」
「今回のことはあの子を甘やかしすぎた結果だと思ってるわ。あの子は勉強だけしていればいいの。あの子には友達とか趣味なんて必要ない。どうせ学校で悪い影響を受けたんでしょう。あの子が医者になるための妨げになるものは、事前に、徹底的に排除しないと」
「ま、まだ……」
と父は思わず後ずさる。母の顔は以前と少しも変わっていなかった。その瞳の奥は、真っ黒で、暗い。まるで何も見えていないみたいだった。
「まだそんなことを言っていたのか!」
父は勇気を振り絞って言った。
「まだそんなこと? でもあなたもそう思うわよね。あの子には医者になってほしいって、思ってるわよね」
「それは……」
確かに言った。でも、あれは純亡の母の強い言葉に、あの時すでに逆らえなくなっていたからで……。
「退院したら、もっと厳しくあの子をしつけないといけないわ」
「いいや……」
父は勇気を振り絞る。今まで、この女に逆らうことができなかったが、今度こそ自分の意見を、自分が思っていることを伝えるんだ。
「私は……あの子に……本当に自分のやりたいことをやって欲しいと思っている」
「あなた……?」
「あの子は医者じゃなくて、占い師になりたいんだ。私はそれをわかっていた。だから応援してやりたいんだ。私は……それを」
「そんなはずないわ! 占い師なんて先の分からない仕事をするよりも、医者になった方が将来は安泰! あの子だって幸せになれるはずよ! だから私は純亡を医者にするわ! ううん、純亡だって本当はわかってるはず! 医者になるべきだって……」
「それは、純亡が選ぶこと……」
「違うわ! 私たちがあの子の幸せのために選ぶことなのよ!」
「そんなことを言って……」
と父は続けた。
「本当は医者の母親というステータスが欲しいだけなんじゃないのか?」
母の目が見開かれた。
言ってしまった……。ずっと思っていたことを口に出してしまったと父は思った。
しかし一度切られてしまった言葉の堰はもうとどまることを知らない。次々と色々な言葉が溢れ出てくる。
「昔からそうだった。確かにあの頃、私はお前を愛していた。でも……お前は果たしてそうだったのか? 私を自分の支配下に置くことに喜びを感じていたんじゃないか? 恋は盲目だった……私はそのことに気がつけずに……」
「そんなことないわ! 愛していたわ! いいえ、今でも……!」
母親は言う。
「だから私は守らなくちゃいけないのよ! あなたを、そしてあなたとの間に生まれた純亡を!」
「何も言うな……」
父は言う。
「別れよう。それが……純亡のためだ」
その言葉を聞いた瞬間、純亡の母の目が大きく見開かれた。
「別れる……ですって?」
「あぁ、そうだ。純亡のためだ。彼女は私が育てる」
「できないくせに!」
純亡の母は言い放った。
「私がどれだけ家のために尽くしてきたと思ってるの? あなたなんて……所詮、私がいなければ何もできない人間だわ。そのうえ純亡を育てることなんて、本当にできるのかしら?」
「それが……お前の本性か」
純亡の母は何も言い返してこない。父は母に背を向けて、病室の扉に向かった。
「ようやっと……私の決意が固まったよ」
*
みなもは、純亡とともに、病院の廊下を歩いていた。純亡の表情は、母の病室に近づくごとに、少しずつ沈んでいく。
「純亡ちゃんが、お母さんと会うって覚悟を決めてくれてよかったよ」
みなもは言った。
「偽善者なんて言って悪かったわね。確かにあなたは行動できる人だわ……」
純亡は言う。
「私なんかよりも……もっとずっと……ね」
それから彼女は続ける。
「でも、怖いのよ。どうしていいのかわからない。私は……」
「お父さんと会ってきたよ」
みなもは言う。
「お父さんは、純亡ちゃんのこと、本気で愛してた。だから多分……お父さんが力になってくれると思うんだけど……」
その時、向こうの病室、純亡の母の病室の扉が開いて、ひとりの男が姿を現した。純亡の父だった。
「純亡……」
父は純亡の姿を見て目を丸くする。それから駆け寄ってきた。純亡のことを抱きしめる。
「純亡、すまなかった。私がもう少し、お母さんに意見できるような強い男だったらよかったんだ。でも……もう大丈夫だ。ふたりだけで行こう。これからはふたりだけで歩んでいくんだ。だから……」
その時だった。純亡の父の言葉が途切れた。




