第4話 私の居場所・2
「え……」
みなもは目を丸くする。
「まぁ、上がっていきなさい」
純亡のお父さんはそう言った。
数分後、みなもは純亡の家のリビングルームにいた。純亡のお父さんは、ミルクティーを用意してくれた。みなもは彼と向かい合って座る。
何から話すべきだろうか……。みなもはそう考えていたが、先に口を開いたのは純亡の父親の方だった。
「純亡には、本当に悪いことをしたと思っているんだ」
「お父さん……?」
「状況からして、あれが母親を階段から突き落としたのは明白だろう。まだ誰も本当のことを話してはいないがね」
「純亡ちゃんが……お母さんを……」
「全部、私のせいなんだ。純亡の母親に……私は頭が上がらない。不思議なものだな。かつては愛していたはずなのに、今はそこに愛なんてないんだ。彼女は変わった。多分……私が彼女を愛するあまり、甘やかしすぎたんだ。彼女が望むことを何でもやってあげた。だからいつの頃からか、彼女は全てをコントロールできると勘違いするようになったんだ……。そして、いつしかその矛先は純亡へと向かった。その頃には私は彼女に何も言うことができなくなっていた。私は全部知っていた。純亡が本当は医者じゃなくて占い師を目指しているということ、もっと友達と心の底から楽しく笑い合いたいと思っているということ……。でも、私は妻が怖かった。何も言い出すことができなかった。娘にも寄り添うことができない……私は父親失格なんだ」
「純亡ちゃんを……愛していますか」
みなもは問う。彼女はその先の答えが聞きたかった。
「愛している」
純亡の父は答えた。
「でも私には……もうその愛を証明する自信も、資格もないんだ」
「あります。愛を証明する自信も資格も」
みなもはきっぱりと断言した。
「行動してください、純亡ちゃんのために。勇気を振り絞って。行動しない善意はただの偽善です。でも、行動すれば……」
「行動? 私にどうしろと……」
「何をするべきかは、自分の胸に問いかけてください。ここで答えを出せるほど、私は頭がよくありませんから」
みなもは少し笑った。
「あぁ、わかった。そうするよ」
それから純亡の父はみなもの顔をじっと見つめた。
「星乃みなもちゃんだったな」
「はい」
みなもは頷く。
「純亡にも……ようやくいい友達ができたのかもしれない。よく……彼女の心の鎖をかいくぐってここまで来てくれたね」
*
渚はひとり、下校道を歩いていた。そして悩んでいた。やっぱり、最近のみなもちゃんは何かがおかしい。具体的にどこがとかはわからないけど、何かが変わったような、そんな気がする……。一体彼女に何があったのだろうか。悪いことじゃなければいいんだけど……。
そんなことを考えながら公園の前にさしかかり、彼女は立ち止まった。
誰もいない公園、いや、ひとりだけ人の姿がある。それも、渚の知っている人間だ。あんまり話したことはないけど、星ヶ丘中学の生徒ならみんな知ってる相手だろう。
公園のベンチで、ひとりコンビニで買ってきたと思しきおにぎりを食べているのは、加茂純亡だった。なんだか、その様子がおかしい。そういえば純亡さんは今日、学校を休んでいるって話だったけど、制服姿で何をしているのだろうか。
渚の身体が思わず動いていた。私もあの馬鹿のことは言えないのかもしれない。だって、こういう時咄嗟に身体が動いちゃうわけだから……。
「会長さん……だよね」
渚は純亡の傍まで来て、そう声をかけた。
純亡はゆっくりと顔を上げた。
「何? あなたは」
「この制服を見てわからない? 会長さんと同じ学校の生徒だよ」
「なんの用?」
純亡は冷たい声でそう言った。
「どうして……こんなところにいるの? 学校を休んでさ。私の友達がね、会長さんにお勉強を教わってるから、俄然心配になっちゃって」
「友達? それって……」
「星乃みなもちゃん。知ってるでしょ?」
「そう、こんなところで出会うなんて変な縁ね」
「私は蒼井渚。よろしくね」
渚は言った。
「隣、座ってもいいかな」
「別に、好きにすれば」
純亡は言う。
渚は純亡の隣に腰を下ろした。
「会長さん、学校休んでこんなところに……。どうしたの? 会長さんといえば成績優秀、今までは無遅刻無欠席だって噂だったけど……」
「私は優秀なんかじゃないわ」
「またまたそんなぁ」
「本当よ。私ね、あなたにはわからないかもしれないけど、化け物なのよ」
「化け物って……」
「とにかく、私には近づかない方がいいわ。これは忠告よ。それでも私に構いたいのであれば、もうそれはどうでもいいことだけど……」
「みなもちゃん、呼ぶ?」
「え?」
純亡は聞き返した。
「みなもちゃんに勉強を教えてるんでしょ。仲、いいの? 仲良しなら、支えてくれるかもしれないでしょ。私なんかと話しているよりも、みなもちゃんと話していた方がよっぽどか会長さんの心を縛っている鎖も解けやすくなるんじゃないかなって思うんだけど……」
「今は……会いたくないわ」
純亡は力なく首を横に振った。あの偽善者魔法少女にだけは……。
「どうして? 仲がいいんじゃないの?」
「えぇ、私はあの子のこと、嫌いじゃない……むしろ、好きなほうよ。でもね、だからこそ今は会いたくないのよ」
「なにそれ」
渚は口を尖らせる。
「意味がわからない」
「わからなくていいわ。今の私の気持ちなんて……」
渚は立ち上がっていた。
「会長さんって……」
その声は少し震えていた。
「すごい人だと思ってたけど、全然そんな人じゃなかったんだね! 友達の気持ちが……みなもちゃんがどれだけ必死になって会長さんのことを想っているのかわからないなんて! みなもちゃんの気持ちに答えようとしないなんて! 私……会長さんとみなもちゃんの勉強会を直接見たわけじゃない。でも、わかるよ、だってみなもちゃんは、誰に対しても一生懸命で、本気になれる子だから! きっと会長さんが傷ついていたら、全力で走り回るだろうって!」
それから渚はみなもの言っていた言葉を思い出して付け加える。
「あの子は……偽善者なんかじゃない。ただ……自分の信じるひたむきな正しさに一生懸命なだけの、普通の女の子なんだよ」




