第4話 私の居場所・1
星ヶ丘総合病院の休憩室に、みなもと純亡の姿があった。
ふたりは無言で、隣合って座っている。みなもの通報で、純亡の母親はこの病院に運び込まれていた。純亡もまた、肩の傷の治療を受けていた。
日も暮れた頃、やがて純亡の方が口を開いた。
「あなたが……魔法少女だったのね」
みなもは頷いた。
「うん……魔法少女サファイア。深海帝国アビサルの魔の手から、この町を守る魔法少女だよ」
「そして私はそのアビサルの手先よ」
純亡は自嘲気味に言った。
「ねぇ、教えて」
とみなもは言った。
「どうして深海獣になんかなったの? どうしてあんな酷いことを……」
「酷いことだと思う?」
純亡は逆に訊いてきた。
「うん、だって……」
「じゃあ、私の人生はどうなるのよ! 一生……あの女の言いなりになって生きていなさいっていうの? 誰も……私を助けてくれないわ。お父さんだってあの女の言いなりなのよ。あの女は……あの女のおかげで……私は、夢を見ることも許されずに……」
「ねぇ」
とみなもは言う。
「話してよ。全部……話せば少し楽になるかもしれないからさ」
純亡は頷いた。
「私が本物の占い師を目指しているっていう話はしたわよね。でも、あの女は私に占い師なんか目指してほしくないのよ。あの女が望んでいるのは、私が家を継いで医者になること。ううん、そうじゃないわね、あの女は『優秀な医者の母親』になりたいのよ。だから私は小さい頃から、交友関係も、遊びも、色々と制限されて過ごしてきた。少しでもあの女にとって気に入らないことをすれば、その瞬間、嫌な顔をされた。そんな私のところに、この前、アビサルの手先、泡沫のシレーナという魔女が現れたわ。シレーナは言うのよ。私の鬱屈とした気持ちを解放しなさいって。悪いのはあの女みたいな怪物を生み出したこの世界の方だって。世界を深海に沈めてしまえって。はじめ、私はあそこまでのことをするつもりはなかった。でも、燃やされたのよ。あの女に、占いの道具を全部」
みなもは息を飲んだ。
「そんな……酷い……」
「だから私は深海獣になったの。こんな世界なんて壊れてしまえって本気で思った。ここまで話せば……満足かしら?」
「でも……」
「あなたの言葉は聞きたくないわ」
純亡は立ち上がった。
「あなたの薄っぺらい偽善なんて……」
そして純亡はその場を立ち去っていく。
みなもは視線を落とし、膝の上でぎゅっと両手を握りしめた。
翌日、みなもは純亡のクラスに向かった。しかし、彼女は学校に登校してきていないようだった。
「あぁ、加茂さん? 加茂さんは今日、休みだよ。無断欠席だってね」
純亡のクラスメイトの男子生徒は言った。
「そっか……」
みなもは視線を落とした。
「みなもちゃん、どうしたの?」
とそこに渚が通りかかった。
「あっ、渚ちゃん」
みなもは渚の方を振り返って言った。
「なんか今日、みなもちゃん、元気ないみたいだよ」
「え? そ、そうかな……」
「うん、授業中もなんかぼーっと外を見てるし。あっ、授業中ぼーっとしてるのはいつものことなんだけど、今日はなんだか、心ここに在らずって感じがして……」
みなもは歩き始めた。渚もそんなみなもに続き廊下を歩く。
「私って……偽善者なのかな?」
みなもは言った。
「え?」
「私の言葉は薄っぺらくて、自己満足にすぎない。本当に必要としている人のところには届かない。そんな偽善なのかな」
「何? いきなりそんなこと……。本当に何かあったの?」
それから渚はみなもの額に手を当てる。
「うん、熱はなし」
次に手首を握った。
「脈拍も異常なし」
渚は腰に手を当てた。
「別に身体に不調もなさそうだから、本気で言ってるんだよね」
「何? そんなに私の言葉、信じられないわけ?」
「ごめんごめん、でもいきなり変なことを言うから。ねぇ、最近どうしたの? なんか変わったことでもあった?」
「いや、なんでもないけど……」
とみなもは言う。
「でも、そうだねぇ。みなもちゃんの言葉に答えるとするならば……」
渚は顎に手を当てて考え込む。
「みなもちゃん、行動するでしょ?」
「え?」
「言葉だけじゃなくって、言ったことをすぐ行動に移すでしょ?」
「え、うん、まぁ……。だって、黙って何もしないでいるなんて、そんなこと、できないし……」
魔法少女として、たくさんの人を助けたいし……。
「じゃ、みなもちゃんは偽善じゃないよ。誰がみなもちゃんにそんな酷いことを言ったのか、わからないけど、でも、私はその人の言葉を否定するよ。偽善っていうのはね、言葉ばっかりで行動しない人のことを言うの。たとえその行動が失敗ばかりでも、自分から動いて、誰かのためになろうとするのは、偽善じゃないよ。みなもちゃんは……頑張ってると思う。頭が悪いなりにね」
「ありがとう、でも最後のひと言……」
「だって、テストでは毎回……」
「私、今度は赤点回避するから! だって、純亡ちゃんとお勉強……」
言いかけてみなもは口を噤む。純亡ちゃん、学校には来てないみたいだけど……家にいるのかな。それとも……。ううん、考えるよりもまず先に行動しよう。今日の放課後の予定はっと。
「ありがとう! 渚ちゃん! 私、頑張るよ! みんなを守るためにね!」
みなもは渚に手を振って彼女よりも先に歩き始めた。
「って……どうしちゃったのかな、本当に最近のみなもちゃん……」
呟いてから渚はハッとする。
「あっ、みなもちゃん! 目の前に段差が!」
「え? 何?」
そしてみなもは段差につまずいて顔面から床に倒れた。
「なんか変わったように感じたけど……気のせいか」
渚はため息をついた。
放課後、みなもは純亡の家に向かった。インターフォンを押すと、痩身の、白髪混じりの髪をした男の人が出てきた。
「あの……純亡ちゃんは」
みなもが尋ねる。
「君は……純亡の友達か」
「あなたは……純亡ちゃんのお父さんですか」
「あぁ、そうだよ。そして純亡は昨日から、家に帰っていないんだ」




