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世界の声が聴こえる私は、魔法だけが下手だった  作者: 紡木 綸


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第8話:眩い希望の陣と、黒い骸(むくろ)

『神耳の落ちこぼれ』


世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

ついに、運命の「大祓の儀式」の当日がやってきた。

その日の朝、空はどこまでも高く澄み渡っていたが、村全体を包み込む空気は弦のようにピンと張り詰め、濃密な魔力の匂いが風に混じって漂っていた。

驚いたことに、今日だけはセレンたちも儀式に参加することが許された。

「この大儀式は、村の魔力すべてを一つの巨大な陣として循環させる必要がある。魔力の扱いを学んでいない子供であれ、魔族である以上はその場に立ち会い、魂を共鳴させることが掟なのだ」

大人たちは厳かにそう告げた。セレンもまた、両親の手によって真新しい麻の儀式服を着せられ、大人たちと共に決戦の地へと向かうことになったのだ。


エルランとミーナがセレンを連れて向かったのは、淀みの中心から少し離れた場所にひっそりと佇む、苔むした古いほこらの前だった。

(あっ……ここ、森の声が言っていた場所だ……!)

セレンは祠を見た瞬間、ハッと息を呑んだ。数日前にセレンの耳に届いていた「最後の手順」。それは、中心の切り株の周囲に点在する複数の祠に村人たちが均等に分かれ、そこから同時に、絡み合った結び目を解くように魔力を注ぎ込む、というものだった。自分たちは今、まさにその祠の一つに配置されたのだ。

(よかった……! 長老様は、ちゃんと正しいやり方を知っていたんだ!)

これまで数日間、胸の奥に重くのしかかっていた冷たい氷の塊が、すーっと溶けていくのを感じた。

「心配しすぎだと言っただろう?」

「ええ。さあ、心を静めて長老様の合図を待ちなさい」

セレンは深く安堵の息を吐き、両親の隣でぎゅっと両手を握りしめた。大人たちを、長老様を信じて良かったのだと、心からそう思った。


しかし、セレンは知らなかったのだ。

これが、歴代の長老たちが百年周期で行ってきた「伝統的な陣形」であることを。村人全員を安全な祠に待機させ、最も強力な魔力を持つ長老ただ一人が、あの爆発寸前の「白銀の古木」の切り株の真上に立つ。そして、行き場を失って暴れ狂うすべての淀みを己の肉体という「器」で一身に受け止めながら、天へと安全に放つ――それこそが、魔族が信じる「最も偉大な魔法使いの誇り高き務め」であることを。


やがて、森の木霊を震わせるように、オルバス長老の重厚な詠唱が遠くから響き渡った。

それを合図に、祠に集まった大人たちが一斉に魔力を解放する。それは、魔法が極端に苦手なセレンにとっても、息を呑むほどに美しく、圧倒的な光景だった。

祠から放たれた魔力は、淡い緑や瑠璃色の光の帯となって、森の木々の間を縫うように走る。五か所の祠から放たれたその光は、中心の切り株へと向かって一筋の巨大な河のように流れ込んでいく。足元の土が力強く鼓動し、大気が震え、森全体がひとつの巨大な生き物になったかのような壮大な一体感。

「さあセレン、お前も祈るんだ! 森に力を!」

普段は厳格なエルランも、今日ばかりは恍惚とした表情で空を見上げ、声を張り上げている。

(すごい……これが、大儀式。みんなの力が、森を救ってる……!)

セレンの小さな胸は、かつて感じたことのない高揚感で激しく打ち震えていた。恐怖も、孤独も、大人への不満も、すべてがこの眩い光の中に溶けて消えていくようだった。


直後、中心の切り株の方向から、天を貫くような強烈な光の柱が立ち昇った。

鼓膜を揺るがす轟音と共に、限界まで圧縮されていた黒い魔力の淀みが神々しい光に包まれ、空高くへと吹き飛んでいく。そして――ふっと、すべての圧迫感が消え去った。

完全な、静寂。

「成功だ! 長老様が、我々を救ってくださった!!」

大人たちの間から、割れんばかりの歓声が上がった。

「お父さん、終わったね! 長老様、すごかったね!」

「ああ! さあ、長老様を迎えに行こう!」


村人たちは歓喜の声を上げながら、中心にある「白銀の古木」の切り株へと押し寄せていった。しかし、切り株の周りに辿り着いた者たちから順に、熱狂的な歓声は不自然に途切れ、やがて異様な静寂が、まるで冷たい波のように伝染して広がっていった。

「……長老、様……?」

誰かが、震える声で呟いた。

巨大な切り株の中心。先ほどまで杖を掲げて神々しく立っていたはずのオルバス長老は、そこにはいなかった。代わりに転がっていたのは、へし折れた杖の残骸と、その傍らに横たわる、焦げた鉄の匂いを放つ真っ黒に干からびた「何か」だった。

それは、まるで何百年も砂漠に放置されたミイラのように、水分と生命力のすべてを吸い尽くされ、炭のように黒く変色した人間の形をした物体だった。床に届くほど美しかった白髭はチリチリに焼け焦げ、立派だった体躯は子供のように縮こまっている。見開かれたままの落ち窪んだ眼窩がんかと、大きく開かれた口が、死の直前に味わった信じられないほどの苦痛を物語っていた。


その無惨な姿を見た瞬間、セレンの脳裏に、数日前に聞いた森の「声」が、残酷なほどはっきりと蘇った。

「……瑠璃色の大鹿の心臓を捧げた祠から、祈りを捧げるのです。さすれば、切り株に満ちた淀みは解き放たれるでしょう……」

森は、「長老一人が切り株の上に立て」などとは一言も言っていなかった。

「私たちが……私たちが、セレンの話を聞かなかったからっ!」

ミーナが泥だらけの土にすがりつき、獣のような鳴き声を上げて泣き崩れた。エルランもうつろな目で己の両手を見つめ、声にならない絶望のうめきを漏らしている。

しかし、両親のその後悔の姿は、セレンの胸をも鋭く、無慈悲に抉った。

(違う……お父さんたちのせいじゃない。私のせいだ……)

セレンは、ガチガチと鳴る自分の歯を食いしばりながら、真っ黒に炭化した長老の亡骸を見つめ続けた。

両親が信じてくれないなら、なぜ自分一人で、無理やりにでも長老の館へ走らなかったのか。「大人に言っても無駄だ」「私の魔法じゃ何もできない」と諦めて、最後の手順を伝えに行くことを放棄してしまった。

自分にしか聴こえない、真実の声だったのに。自分にしか、救えない命だったのに。

静まり返った森の中で、大人たちの慟哭だけが虚しく響き渡る。平和を取り戻したはずの森の冷たい風が、深い後悔と罪悪感に押し潰されそうになっている九歳の少女の頬を、ただ無情に撫でていった。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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