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世界の声が聴こえる私は、魔法だけが下手だった  作者: 紡木 綸


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7/20

第7話:沈黙の時限爆弾

『神耳の落ちこぼれ』


世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 儀式の準備は、それから数週間かけて着々と進んだ。

 狩猟班が大鹿の追跡を始め、陣地構築班が境界付近に浄化の陣を描き始め、村全体が一つの大きな歯車として噛み合っていく。その喧騒の中でも、セレンは毎日、森の声に耳を澄ませた。

 淀みの音は、大人たちが陣を強化するたびに変化していく。消えていくのではなく——内側へ、内側へと、じわじわと押し込まれていく感じがした。

(……これでいいのかな)

 不安が頭をもたげるたびに、セレンは自分に言い聞かせた。長老様には三度も成功させてきた経験がある。きっと大丈夫だ、と。そう思うことで、やり場のない不安を、かろうじて心の奥底に押し込めていた。

 そのごまかしが崩れ落ちたのは、儀式を三日後に控えた夕方のことだった。


 広場の隅でセレンは一人しゃがみ込み、焦げた木の枝を手の中で転がしていた。大人たちが美しい魔法で準備を進める中、彼女だけは何もできずに取り残されている。

 木の枝に不器用に両手をかざし、風の刃をイメージして魔力を放つ。

 ――ボフッ。

 情けない破裂音と共に、枝の表面がチリッと焦げ、わずかに黒い削りカスが舞っただけだった。

「……やっぱり、だめだ」

 力なく肩を落とし、逃げるように目を閉じる。西の「不可侵の森」へと意識を向け、神経の糸を細く伸ばして耳を澄ませた時——ハッと目を開けた。

 昨日まで耳を塞ぎたくなるほど暴れ回っていた「鉄の牙」の音が、くぐもって遠ざかっていた。あの「どす黒い魔力の渦」の叫び声も、少しずつ静かになっている。浄化の陣が、森の淀みに蓋をし始めているのが伝わってきた。

(……大人たちの魔法が、効いてる)

 セレンはほっと息をついた。

 でも次の瞬間、その「静かさ」の質が気になった。

 何かが、おかしい。

 もう一度、深く、深く意識を沈めた。そして気づいた。

 消えていない。

 どす黒い渦は、消えていなかった。陣の強力な魔法の圧力によって、無理やり内側へと抑え込まれ、極限まで圧縮されていたのだ。

(音が……重い。息が詰まりそうなくらい、ぎゅうぎゅうに押しつぶされてる……!)

 セレンは胸を強く押さえた。限界まで膨らんだ革袋が、内側からの異常な圧力で今にも破裂しようと軋む音。大人たちの強力すぎる魔法が、かえって森の淀みの逃げ場をなくし、最悪の爆弾を作り上げてしまっていた。

 その時、セレンの耳の奥に、森の意志が直接語りかけてくるような声が響いた。

「……切り株に満ちた淀みを……最後に……こうして、解き放つのです……」

 淀みの中心にある「結び目」を一つずつ丁寧に解いていく、繊細で複雑な解呪の手順。もし大人たちがこの声を知らないまま、外側から魔法を流し込めば——極限まで圧縮された「黒い渦」は行き場を失い、その反動で一気に弾け飛ぶだろう。

(お父さんたちに、教えなきゃ……っ!)

 セレンは枝を放り捨て、弾かれたように駆け出した。


 家に飛び込んだセレンの前で、両親は護符の確認をしていた。

「大丈夫だよ、セレン。少し心配しすぎだ」

「長老様は過去に三度も成功させてきたお方だ。長老様の指示に従えば大丈夫さ」

「でも今回は人間の機械による傷だから、過去と違うかもしれないのに……!」

ミーナの目に、かすかな動揺が走った。しかしそれはすぐに、固い信頼の色に塗り替えられた。

「セレン、もうやめなさい」

 エルランの声が一段低くなった。温かさがスッと消える。

「村中が心を一つにしているんだ。長老様の知恵を疑うようなことを、軽々しく口にしてはいけないよ」

 ピシャリと会話が打ち切られ、セレンは開いた口をゆっくりと閉じた。

 セレンの耳に聴こえているあの「限界まで膨れ上がった魔力の軋み」は、可視化することも、証明することもできない。長老の経験と権威という分厚い壁の向こう側にいる大人たちに、もはやセレンの声が届く余地はない。

 両親に寝室へと促されながら、セレンは窓の外を振り返った。

 夜の闇の向こう、西の森の境界線では、大人たちが数週間かけて描き上げた巨大な「浄化の陣」が、星屑のように青白く光を放っている。

 しかしセレンの耳には、その光の中心にある白銀の古木の切り株で、凝縮された黒い魔力がギリギリ、メキメキと限界の音を立てて軋んでいるのが、恐ろしいほど鮮明に聞こえ続けている。

(違う……違うよ。あれは希望なんかじゃない……!)

 沈黙の時限爆弾のカウントダウンが、セレンの耳にだけ、残酷なほど正確に刻み込まれていく。

 絶対の権威のもと、間違った手順へと盲目的に突き進む大人たち。正しい方法を知っているのは、世界で一番魔法がヘタクソな、九歳の少女ただ一人。

 窓枠を強く握りしめながら、セレンは唇を噛んだ。

(……一人で、行くしかないのかもしれない)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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