第18話 パズルの欠片と、零れ落ちる点数
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
学校の授業は、セレンが知っている魔法と別物だった。 黒板に数式と魔法陣が描かれる。教師が「魔力効率」「変換理論」「流線制御」という言葉を当たり前のように使う。ノートを取ろうとしても、何を書けばいいのか分からなかった。
何日かが過ぎた頃。 セレンは図書館の奥の棚で、一冊の古い本を見つけた。 タイトルは『自然魔力流動論』。 表紙は日焼けして色褪せ、紙の端がほつれている。ページを開くと、誰かが昔に書いた細かい書き込みがあちこちに残っていた。古い紙の、少し埃っぽいけれど落ち着く匂いがした。
ページをめくって、少し読んで——何かが、かちりと繋がった。
「魔力循環の局所停滞」という難しい言葉が、急に鮮やかな色を持ち始めたのだ。 あの日の森の光景と重なった。魔力が詰まった場所を、小動物が本能的に避けていた日。水脈が澱んで、草木がひっそりと悲鳴を上げていた日。 あれは全部、ただの「感覚」だと思っていた。 でも、違った。名前があったのだ。理由があったのだ。
頭の中で、バラバラに散らかっていたものが一つに繋がっていく。 霧の向こうに、ずっとあった景色。そこに、少しずつ光が差してくるみたいな感覚だった。
「また変な顔してる」 向かいの席で、リリアが呆れたような声を投げる。 「え?」 「ニヤニヤしてるのよ。本を抱きしめながら」 「……あ、してた」
隣でカヤが吹き出した。 「なんで本に感謝してんだよ!」 「だって、全部繋がっていく感じがして……」 「出た、また“感じ”」
からかわれているのは分かる。 それでも、嫌じゃなかった。むしろ、自分の「分からない」を笑ってくれる人がいることが、少しだけ嬉しかった。
でも、その「繋がる感じ」は、試験の採点表には何も映らなかった。
実技試験の日。課題は「水の生成」だった。 リリアは寸分の狂いもない魔法陣を空中に展開し、よどみなく術式を詠唱する。コップが透き通った水で満たされ、教師が満足そうに深く頷いた。カヤは少し荒っぽいものの、勢いよく水を溢れさせた。
セレンの番になった。 魔法陣は、描かなかった。描き方が分からないというより、そんなもので縛りつけたくなかった。 石畳の下を流れる遠い水脈の気配を感じ、春の雪解け水みたいな柔らかさを思い浮かべる。そっとコップへ手をかざす。 『ここへ、来てくれる?』 そうお願いするだけでよかった。
コップの底から、澄んだ水が静かに湧き上がった。 誰の生み出したものよりも、透明で、優しい水だった。
「理論説明は?」 教師の声が、静かに降ってきた。 言葉が、出なかった。水がそこにいたから、お願いしただけ。それをどう数式や理論で説明すればいいのか、セレンには分からない。
「魔法陣の展開も不十分。構築手順の提示もない」 教師は一度、言葉を切った。その冷たい視線が、セレンを射抜く。 「水の質は非常に高い。だからこそ問題です。再現性を証明できない魔法は、奇跡と変わりません。学問ではない」
席へ戻ったセレンの横で、メイがそっと声をかけた。 「……水、すごく綺麗だった」 「ありがとう、メイ」 力なく笑い返すしかなかった。
成績表が返ってきた日の夕方。 寮の部屋で、セレンはその紙をしばらく見つめていた。 筆記は平均以下。実技は大幅減点。 そして、成績表の下に担任の赤い文字が鋭く書き込まれていた。 『このままでは進級審査が危うい』
窓の外で、石畳が夕暮れ色に沈んでいく。足の裏からは今日も、疲れた石たちの声が届いている。 窓辺に置いた鉢植えが、慰めるように小さく葉を揺らした。 セレンはその微かな音を聴きながら、成績表を静かに折りたたんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




