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世界の声が聴こえる私は、魔法だけが下手だった  作者: 紡木 綸


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13/22

第13話:優しき対話と、全身の耳

『神耳の落ちこぼれ』


世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。

少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

カイが広い世界へと旅立ってから数日が過ぎた。

一番の理解者であった幼馴染がいなくなったことに少しの寂しさを抱えながらも、セレンは新たな長老となったシオンから、館の奥の庭へと招かれていた。

村の最高権力者となっても、シオンの佇まいは村外れに住んでいた頃と何も変わらない。秋の風が吹き抜ける静かな庭で、彼はいつものように手際よくお茶を淹れてくれた。

一口飲むと、春の陽だまりのような温かい甘さが口いっぱいに広がる。喉の奥をすっと撫でていくような、どこまでも「優しさ」を感じる安らぎの味わいだった。

「心が落ち着く味だろう? 今の森は、あの鉄の牙による大怪我から、ゆっくりと回復している最中だからね。このお茶みたいに、とても静かで、穏やかな息づかいをしているんだよ」

「……はい。とっても、美味しくて優しい味がします」

セレンがほっと息をついて肩の力を抜くと、シオンは真剣な、しかしどこまでも柔らかい眼差しでセレンを見つめた。

「セレンちゃん。君は、誰よりも遠くの音を拾う、素晴らしい耳を持っている。でも、今まで君が聞いてきたのは、森が無理やり君の耳に叩き込んできた「悲鳴」や「怒り」ばかりだったはずだ」

確かに、人間の機械が森を削り取っていた時も、大儀式の淀みが圧縮されていた時も、自分から聞こうとしたわけではなかった。耳を塞いでも勝手に脳内へ流れ込んでくる、圧倒的な痛みの声ばかりだったのだ。

「本当の「森の声を聴く」というのは、そうやって一方的に受け取ることじゃないんだよ。ただ受動的に耳を澄ますのではなく、自分が「知りたいこと」を森に尋ねて、それから静かに耳を傾けるんだ。こちらが真摯に問いかければ、風の匂いや、木々のざわめき、魔力の揺らぎに乗せて、時にはちゃんと答えを教えてくれる」

「知りたいことを、尋ねる……」

「そう。君なら、きっと本当の対話ができるようになる。君が学校へ行くまでの間 、少しずつ練習してみるといい」


シオンからのアドバイスを受けたその日から、セレンの新しい日課が始まった。毎日、森の境界近くの静かな木陰に座り、目を閉じて「対話」の練習をするのだ。

最初のうちは、自分が何を尋ねればいいのかも分からず、ただ漫然と風の音を聞いているだけだった。しかし数日続けるうちに、セレンはコツを掴み始めた。

(森さん。今日の、怪我の具合はどう……?)

心の中でそっと尋ね、息を潜めて神経を研ぎ澄ます。すると、ただの風の音だと思っていた葉擦れの音が、まるで小さな子供が「もう痛くないよ」と笑っているような、軽やかで明るいリズムに聞こえてくる瞬間があった。

「……あ、聴こえた」

それは、かつて耳を塞ぎたくなるほど響いていた大音量の悲鳴とは違う。こちらから意識して歩み寄らなければすぐに消えてしまうような、ささやかな「おしゃべり」だった。けれど、セレンはそのやり取りが嬉しくてたまらず、時間を忘れるほど没頭した。


季節が一つ過ぎた頃。セレンは再び、長老シオンの館へと招かれていた。

「対話ができるようになった君に、今日はさらに大切なことを教えよう。セレンちゃん、君は今まで「耳」だけで声を聴こうとしていたはずだ。けれど、本当の意味で森と同調するためには、耳だけで聴いてはいけないよ」

「耳だけで……聴いちゃいけないんですか?」

シオンは自分の胸に手を当て、それから視線を周囲の空気へと向けた。

「声というのは、ただの音じゃないんだ。空気の震え、土の温度、漂う匂い、肌をなでる湿り気……そのすべてが、森が発信している大切な情報なんだよ。五感のすべて、そして体全体を使って、森を「感じる」ことが大切なんだ」

シオンは静かに立ち上がり、庭の隅にある一本の古木にそっと手を添えた。

「耳を塞いでごらん。そして、足の裏から伝わる大地の震えや、風が運ぶかすかな森の香りに集中するんだ」

セレンはシオンに教わった通り、目を閉じ、両手でしっかりと自分の耳を塞いだ。

最初は何も聞こえず、ただ自分の心臓の音だけがドクドクと鼓膜の奥で響いていた。

(耳を塞いで……体全体で感じる……)

意識を足の裏や、風に触れる指先、頬へとゆっくりと向けていった。すると、不思議なことが起きた。

耳を塞いでいるはずなのに、深い地底を流れる水脈の音が、足の裏から「心地よい振動」として伝わってきたのだ。頬をなでる風の冷たさは、木々が冬支度を急いでいる「焦り」のように感じられ、鼻腔をくすぐる土の匂いが、大地が眠りにつこうとする穏やかな「まどろみ」として心に直接響いてくる。

「……あ……」

耳を塞いでいるのに。いや、音を遮断したからこそ、森の声が以前よりもずっと生々しく、深く、力強く自分の中へ流れ込んでくるのを感じた。それは外から「聴く」というよりも、セレン自身が森の一部になって「一緒に呼吸している」ような、かつてないほど不思議で心地よい感覚だった。

「どうだい? 音に頼らなくても、森は雄弁に語りかけてくるだろう?」

耳から手を離すと、シオンの優しい声が現実の音として戻ってきた。

「はい……。音じゃないのに、森が何を言っているか、もっとはっきり分かった気がします。森の心臓が、私の足の下で力強く動いているみたいでした」

「それが、本当の調和への第一歩だよ、セレンちゃん」

シオンは誇らしげに目を細め、セレンの小さな肩を優しく叩いた。

「君のその力は、いつか君が都市の学校へ行った時、誰にも真似できない君だけの「魔法」になるはずだ」

「はい! 頑張ります、シオンさん!」

秋の涼しい風の中で、セレンは自分の可能性が少しずつ、けれど確実に広がっていくのを感じていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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