第12話:秋風の旅立ちと、二年後の約束
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
シオンが新たな長老として、穏やかに、しかし絶対的な手腕で村を静かに導き始めてから数週間。村を包んでいた張り詰めた日々が少しずつ涼しさを増し、鬱蒼とした森を吹き抜ける風に、ふわりと秋の気配が混じり始めた頃だった。
十二歳になったばかりのカイは、この小さな村を出て、遠く離れた都市にある「魔法学校」へ進学することになった。ここから二十歳になるまでの八年間、親元を離れ、魔法の真理と世界の広さを深く学ぶための旅立ちである。
出発の日の朝。村の入り口にある、蔦が絡まる古い石門の前には、ひんやりとした心地よい風が吹いていた。
大きな革鞄を背負ったカイの首には、あの時、彼が掟を破り命がけで森の真実を写し取った「人間のカメラ」が、今も大切にぶら下がっていた。
「カイ……!」
息を切らして駆けつけたセレンの声に、カイは弾かれたように足を止め、振り返った。
あの大儀式の一件以来、セレンとカイはどこか気まずいままだった。今日こそが、その長く苦しいわだかまりを解く、最後のチャンスだった。
「セレン。見送りに来てくれたんだな」
少し照れくさそうに笑うカイの顔を見て、セレンの胸の奥がツンと痛んだ。幼い頃からずっと一緒に森を冒険し、大人に怒られる時もいつも一緒だった幼馴染が、これから自分の手の届かない遠い世界へ行ってしまう。
「うん……。カイ、本当に行っちゃうんだね」
「ああ。都市の魔法学校で、結界の仕組みや世界の理を、根底からきっちり学んでくるよ」
そう言うと、カイは首から下げた無骨なカメラをそっと撫でた。
「あの時、人間の機械の圧倒的な力の前には、俺たちの誇っていた魔法の結界なんて全く役に立たなかった。俺は人間のガラクタを集めて得意になってたけど……結局、俺たちの魔法のことも、人間の技術のことも、本当の意味では何も分かっていなかったんだ。ただの知ったかぶりだった」
カイの瞳に、強い光が宿る。
「だから、まずはきっちり魔法を学んで……俺たちの魔法と、人間の機械、その両方を正しく知る魔法使いになりたい。もう二度と、大切な森や村が得体の知れない力に壊されるようなことがないように」
セレンはギュッと両手を握りしめ、ずっと言えなかった言葉を、震える唇から必死に紡ぎ出した。
「……ごめんなさい」
「え?」
「あの時……カイが私のために、命がけで証拠を撮ってきてくれたのに。お父さんたちがあんなひどいことを言ったのに、私、何も言い返せなくて……カイのこと、一番苦しい時に一人ぼっちにさせちゃって……ずっと、ごめんねって、言いたかった……っ」
ポロポロとこぼれ落ちる涙を拭おうともせず、セレンは深く頭を下げた。
すると、頭の上にポン、と温かい手が乗せられた。ハッとして顔を上げると、カイがとても優しい、本当のお兄さんのような顔で微笑んでいた。
「気にしてないよ。それに、一人ぼっちなんかじゃなかった」
カイはセレンの、涙で濡れた大きな瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「セレンがあの時、誰に信じてもらえなくても、大人たちにバカにされても……必死に「森の声」を聴き続けてくれたから、俺はこのカメラを持って走れたんだ。一番勇敢だったのは、絶対に諦めなかったセレンだよ」
「カイ……」
「だから、泣くなよ。向こうの都市で、見たこともない面白い魔法の道具や変な機械を見つけたら、手紙と一緒に送ってやるからさ」
カイはそう言って、ニッと悪戯っぽく笑った。かつて一緒に泥だらけになって遊んでいた頃とまったく同じ、セレンの大好きな幼馴染の笑顔だった。
セレンは両手で乱暴に涙を拭うと、顔を上げて力強く頷いた。
「うん……! 私も、もっともっと魔法の練習して、シオンさんみたいに森の声を正しく聴けるようになる。それに……私だって、あと二年経って十二歳になったら、絶対にカイと同じ学校に行くんだから!」
「ははっ、そうだったな! じゃあ、俺が先輩として待ってるよ。三年後、学校で。……お前なら絶対来れる」
少し冷たくなった秋の風が、二人の間をふわりと吹き抜けた。赤や黄色に色づき始めた周囲の木々が、二人の尊い約束を祝福するように、サーッと心地よい葉擦れの音を立てる。
カイは最後に大きく手を振ると、もう振り返ることなく、外の広い世界へと続く一本道を力強く歩き出した。セレンはその小さな背中が森の木々に隠れて見えなくなるまで、背伸びをしながら、ずっと、ずっと手を振り続けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




