第11話:愚か者の対価と、新しい時代
『神耳の落ちこぼれ』
世界の声が聴こえる少女と、仲間たちの成長を描く長編ファンタジーです。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
嘘の王冠を被った新長老の就任から、わずか数日。
広場では、百九十二歳の新リーダーが大声で宣言していた。
「これより私は一人で西の境界へ向かい、人間どもの目の前で「沈静の儀式」を執り行う。さすれば、森を蝕む不浄な侵略は永遠に止まるであろう!」
村人たちは期待を込めた歓声で彼を見送った。しかし、シオンから恐るべき「天秤」の真実を聞かされていたセレンだけは違った。誇らしげに西へ向かう彼の足取りが、まるで自ら進んで祭壇へと向かう、哀れな生贄のそれにしか見えなかったのだ。
(……お父さんたちも、みんなも、本当に何も見えていないんだ)
それから数時間が経過した頃だった。西の森の一部、ちょうど新リーダーが向かった方角の空が、不自然なほど急激に暗く澱み始めた。
――ドォォォォン……ッ!!!
地響きのような雷鳴が村まで届き、局地的な激しい雷雨が森を叩きつけるのが遠目にも分かった。青白い電光が何度も空を裂く。
セレンは耳を塞ぎ、その場でうずくまった。荒れ狂う嵐の音に混じって、森が、大地が、そして新リーダーが放った制御不能な魔力が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って断末魔を上げている。
やがて、あれほど激しかった雷雨がピタリと止んだ。分厚い雲が霧散し、夕暮れの陽光が再び森を照らし出す。それと同時に、セレンの耳を苛み続けていた、あの「森の嘆き」が完全に消失した。
「……長老様が、死んだ」
誰かがポツリと呟いた。それは言葉というよりも、森そのものが村人全員の意識に直接投げかけてきた、冷徹な通知だった。
「……欲に溺れた者が、己の魔力に耐えきれずに自滅した。その代償として、人間たちの破壊は止まった……」
シオンが予言した通りだった。
それから数日が経ち、村には再び沈黙が訪れた。二度の長老の死を立て続けに経験した村人たちは、ひどく神妙な、あるいは何かに深く怯えたような顔で身を寄せ合っていた。
「森は……「二百五歳のシオンこそが、真の導き手である」と言っている。今度は、我ら全員がはっきりと聴き取った。間違いなどあり得ない」
彼らが今さらになって本当の声を聴き取ったと言い出したのは、単に自分たちのついた「嘘」の報いが、前任者のような無惨な死として自分たちに降りかかるのを恐れたからかもしれない。あるいは、シオンが背後で微かな魔力を操り、彼らの耳に無理やり「正解」をねじ込んだのかもしれない。
セレンは、シオンの家の庭で、迎えの使者を静かに待っているシオンを見つめていた。
「……シオンさん。全部、シオンさんの思った通りになったね」
セレンの言葉に、シオンはふわりと穏やかに微笑んだ。
「森はね、セレンちゃん。いつだって正しいバランスを求めているだけなんだよ。私は、その手伝いをしたに過ぎない」
シオンは、ただ「森の庭掃除を終えた者」のような、淡々とした様子で立ち上がった。
「さあ、行こうか。……これから少し、忙しくなりそうだ」
セレンは、シオンの隣を歩きながら、ふと西の森の方角を見た。機械の音はもう、まったく聞こえない。森は静かな呼吸を繰り返し、深い平穏を取り戻している。
大人たちが権威を盲信して犠牲を出した儀式。嘘に嘘を塗り固めて自滅していった愚かな権力闘争。そのすべてを影から操り、結果として森と村の双方を存続させたのは、これといって目立つ力もないと思われていた 、この穏やかな人物だった。
シオンという「森そのもの」のような深い知恵と、底知れない冷酷さを持つ魔族がリーダーになることで、この村がこれからどう変わっていくのか。
九歳のセレンの心には、大人たちの嘘や建前に対する深い失望だけではない。真実を知る者として、この村の新しい時代を見届けるのだという、小さな、けれど確かな緊張が、心地よい風と共に駆け抜けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セレンたちの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




