プロローグ 愛の儀式殿
神聖と魔聖。それぞれの役割がある。その役割を果たすために存在している。
例を挙げると、愛の神聖と魔聖は、愛を運ぶもの。そして、愛を循環させるもの。
役割は、生まれ落ちた星により異なる。そして、その能力も。
それは、神魔聖の運命なり。決して覆る事なき。
もし、覆るのであれば、それは全てが消える時だろう。望みし時の流れは、星に映し出される幻想。新たに生み出される希望。流れ歩み、変わる事なき道筋。どこへ向かうか、神魔聖が決める時、運命は覆るのだろうか。
何も知れず、何も知らず。そこは、未知の領域。
踏み込む事なかれ。
——
古くより星に伝わる伝承。儀式殿の中に記される。石造に似た壁。神聖姫は黙って、記された文章を眺めていた。
もう時期、儀式の日。星の伝統行事。愛と豊かさを願って、神聖か魔聖の姫が舞を見せる日。今回の儀式を任されたのは神聖。舞も神聖側の姫が担う。
神聖姫は、硬く冷たい壁にそっと触れる。無機質な壁からは何も感じない。
神聖の儀式に使用する場といえど、壁は何も普通の壁なのだろう。
神聖姫の瞳がわずかに輝く。目には何も見えないが、神聖力がこの場所に漂っているのだろう。
「……ねぇ、どうして、わたし達は選ばれたの? どうして、わたし達じゃないといけなかったの? 星の危機が近づくこの時に、どうして、選ばれるのはわたし達なの? 」
誰も答える事はない。神聖姫のその疑問には
無知の神聖姫。そう呼ばれた少女だろうと、疑問に思わない事はないだろう。事実、星は現在危機に晒されている。その危機は、星の存続にも関わる事なのだから。
コツコツ——小さい足音。アメジスト色の瞳が、神聖姫を見つめる。ここに入る事のできるもう一人の人物。
神聖姫は、振り返って笑顔を見せた。容姿は違えど、少女と似た雰囲気を持つその少年に
待ち人来たれり。なのだろうか。トンッ——地面を軽く蹴る。軽やかな動きで、神聖姫は少年に抱きついた。少年は、神聖姫の髪に触れる。フワァっと輝く髪は、彼が神聖であるという何よりもの証明。
輝きで銀色に見える瞳と、アメジストの瞳が見つめ合う。
「儀式の練習、ちゃんとできてる? 」
「むぅ。それ聞かないお約束なの……舞はできるけど、儀式のための舞って陣を描かないとだから、むずかしいよ」
儀式に古くより使われる舞。それは、舞をしながら特定の術や魔法の陣を描く。神聖姫が普段習っている舞とは、動きが違う。
神聖姫が頬を膨らませると、愛の神聖は「貸して。」と、地面に置かれている儀式杖を手に取る。
神聖姫では、扱う事すら難しい。愛の神聖が両手で握る儀式杖。ずっしりと重みが両手に伝わっている事だろう。神聖姫では、持ち上げる事すら一苦労だ。
「……そういう事ね。舞の動きというか……舞をする前段階で躓いたか」
「……」
「エレ、練習の時は、他の杖を使いな。本番の時だけ、強化術を使えばいい。やり方は、僕が教えるよ」
非力な妹のために。兄が贈るもの。愛らしいピンク色の杖。
収納魔法から出されたその杖を、神聖姫は握った。まるで雲のように軽いが、しっかりと握る事のできる杖。
「ありがと……早速、踊ってみる」
「うん。特等席で見せてもらうよ」
神聖姫と愛の神聖に距離ができる。新生姫は、ぎゅっと両手で杖を握る。
穏やかで軽やかで、風のように、ゆらぁと舞う神聖姫。
純粋無垢で無邪気ないお姫様。そんな普段の姿からは決して見せる事のない、気高く美しく上品な姿。彼女のもう一つの魅力とでもいうものだろう。
愛の神聖を見て、微笑むその顔は、豊穣を捧げる女神のよう。
全ての視線を奪い離さない。それが、神聖姫の知られざる能力なのだろうか。
子供っぽさなど感じさせない、彼女の美技。
「……」
息を呑むほど魅惑的な表情。それが一変、愛らしい少女のような顔を魅せる。愛を与える部分となると。
一つ一つの動きだけでない。表情までも、芸術だと言わんばかりに表現する神聖姫。
そして、最後の大仕事。術の発動。それは、失敗して不発だ。
「……すごいよ。動き自体は、文句のつけどころがない。ただ、陣を描くために、もう少し神聖力を注ぐ方法を覚えないとだね」
「……うん……本当に、すごかったの? イシュが頼んでくれて、使用人のみんなに棒を持って練習見せたの。でも……何も言ってくれなかった」
「言えるはずないよ。だって……言葉なんて出ないくらいきれいなんだから。終わってしまったのが、残念なくらい。エレが体力そんなにないから、言わないけど……永遠に見ていたい」
神聖姫には理解できない言葉だろう。愛の神聖の笑顔の前に見せるのは、キョトン顔。
愛の神聖が神聖姫に近づく。神聖姫は、目を背けずに後ずさる。トンッ——冷たい感触が神聖姫の身体に伝わる。背には壁が、これ以上後ろには下がれない。
神聖姫は、まるで絶体絶命かのような顔をしている。
「なんで逃げるの? 」
「フォルから聞いたの! シェフィがぎゅぅすると骨折れるから、やめろって言ってたの! 」
「それは誤解だって! 確かに一度だけ、あったけど、あれ以降してないじゃん! 誤解だから、誤解だから、こっちに来て」
愛の神聖が弁明しても、神聖姫は信じようとしない。「しゃぁー。」と威嚇している。
「ふきゃっ⁉︎ 」
神聖姫の身体が、壁の向こう側へと倒れる。壁が突然なくなった。
暗い道。神聖姫は偶然隠し扉を見つけてしまったようだ。
愛の神聖が神聖姫に右手を差し伸べる。
神聖姫は立ち上がると、扉の奥にあるものを確認した。長い長い道。何が待っているのかは見えない。仕掛けは何もなさそうだ。
「……この道通れば、儀式の場所に行けるとかあるのかな? エレは、危ないからいっちゃだめって言われてるけど……気になるから冒険なの」
「君ってさ、自分の立場がわかっているの? 姫なんだよ? そんな危ない事を僕がさせると思ってる? 」
「……」
愛の神聖は神聖姫を守らなければいけない。だが、神聖姫は奥へ行きたい。神聖姫は、うるうると瞳に水を溜めて愛の神聖を見つめている。その視線には弱い。それを理解しているのかどうかは謎だ。
神聖姫のその瞳に負け、愛の神聖は「ちょっとだけだから。」と、彼女がこの先へ進む事を許可した。
神聖姫は、両手をあげて跳ねる。ぴょんぴょんと跳ねていると、何かを踏んだ。感触からして、普通の床だが、動いていた。
「ふぇ……ふぇぇぇぇ⁉︎ 」
壁が動き、出口を塞がれた。これには、愛の神聖も頭を抱えるだろう。だが、そんな姿を見せてはならないとでも思っているのだろうか。こんな時でも、笑顔を消さない。
「どこかに出れる場所があるでしょ。行こっか」
「……ふぇ……ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇん‼︎! 」
突然、その場で泣き出す神聖姫。何があったのかとあわあわしている愛の神聖。
壁が動いた事により、わずかにあった光が消えている。
「ふぇぇぇぇぇん‼︎ 」
「えっ……えっ…………あっ⁉︎ 暗いから? もしかして暗いから? 」
神聖姫は、こくりと頷いた。ほとんど動いていないが、愛の神聖は見逃さなかったようだ。
愛の神聖が、光の神聖術を使い、あたりを照らした。
スンッと神聖姫は落ち着きを取り戻す。出口がない状況。それに関しては、何も思っていないかのように。
「もう大丈夫? 」
「……光、奥に行ったら」
「大丈夫だよ。僕らについてくるから」
「じゃあ、平気なの」
神聖姫は、愛の神聖と手を繋いだ。終わりの見えないような長い道を、二人で共に歩く。奥に何があるのかと、楽しそうに話しながら。
隠し通路の奥に待っていたのは——




