10話 愛しの姫君
あの一件以降、祭事は何事もなく終わった。店側はかなり大変だったみたい。今回の損害は全て神殿が弁償する形になった。安らぎの聖女の件は、噂が広まる事なく、静かに消えていった。ああ、そうそう。あの石を投げた子供が、エレに謝りに来たんだ。エレは、気にしていなさそうだった。むしろ、その子供が無事でいてくれた事にお礼を言っていた。子供は、泣いて頷いていたよ。
石を投げずとも、不満を投げていた人達はいっぱいいた。目に見えるか見えないかで、誰かを傷つけている。それは変わんない。でも、あの子供以外は謝罪はなかったそう。
あの状況で、そうなるのは仕方がないんだろうけど、せめて、悪かったと思うくらいはしてほしいかも。実際に謝らなくてもね。
今回の件の事後報告はこのくらい。ああ、もう一つあった。忘れてたのは連絡。後でめちゃくちゃ怒られたよ。少し前に気をつけるって言ってただろうって。言ってきていた相手は、ご想像にお任せするよ。
さて、そんなこんなで拠点に帰ってきた。エレ達と一緒に。オルとフィルは事後処理中。帰れるのは、もう少し後かな。オルは、本家に帰りそうだけど。
イシュが選んだソファにエレが座っている。あまりに喜びすぎた挙句卒倒して、現在はリミェラに面倒見てもらっている。
普段はイシュが淹れてくれるけど、今日は僕が紅茶を淹れる。居場所わかるようにしておいたから、紅茶淹れ兼ツッコミ役としてゼロがきてほしいんだけど。
そんな都合よくきてくれはしなかった。
エレはいつも通りジュース。と言いたいけど、エレは今から身体がある部屋に行かないとだから。ギューは、なんか水欲しいって言われて水用意。
「……エレ、準備はいい? 」
「うん。じゃあ、行ってくるね……」
決めたとはいえ、いざ今までの器を手放すとなると、不安はあるんだろうね。握られた左手は、温かい。花の器なんだと言われても、信じられないくらい。
眠っていたかけらは、静かに起きていたみたい。
大丈夫だよ。そう伝えるように、優しく握り返す。
重そうに、足を動かすエレ。エレの速度に合わせる。
「……エレは、エレでいられるんだよね? 」
俯くエレが、こぼした言葉。
「いられるよ。花器に時だって、君は君でしかなかった。だから、大丈夫」
以前も言った言葉。あの時は、ちゃんと届かなかったんだろうね。でも、きっと今なら届いてくれる。
エレは、僕に笑顔を見せた。それがきっと、花器としての、エレの最後の笑顔。
僕のかわいいお姫様。プレートに書かれている文字。扉を開ける。
カチャン——扉の隙間から、愛らしい部屋が映る。エレらしい部屋と言った方がいいかもしれない。僕らみんなで、エレにだいすきで埋め尽くしているから。
そして、ベッドの上で眠る、僕の大切な人。本来のエレシェフィール。
エレが、僕から手を離すと、眠っている彼女に近づいた。
確か、合言葉みたいなので、戻る。聞いた記憶があるんだ。僕はそれが何か知らない。
「……エレエレって言うなら、みんなの事だって、ゼロゼロとかフォルフォルとか言ってもいいと思うの」
それは合言葉なのかな? ただのエレの思っている事の気がする。
エレエレはエレエレなんだけど。
ピカァァァ——さすがは愛のお姫様。周囲の魔力と神聖力をその身体に吸収している。
戻り時は、大量の力が必要なのか。光って魔法なしじゃ何も見えない。
ひらぁと花びらが舞う。桃色の花びら。これが、今までのあの子なんだね。
手のひらを上に向けると、花びらが乗っかる。
少し、熱を持っている。あの子の体温みたいに。
光が、ふわふわと部屋の中を漂っている。もう、今までのあの子……花器は消えている。
ありがと。どんな姿でも、僕らに愛を振りまいてくれて。それと、僕の願いを聞いてくれて。
……
なんでだろう。あの子が消えたわけじゃない。一人になった時だって、そうなんだとしか思わなかった。なのに、花を見ていると、世界で生まれたエレとの思い出が蘇ってくるみたい。
初めての出会いは、二つ目の世界だったよね。そこで、僕が見つけたんだ。それから、世界の姫としての役割を果たしていた。
勘違いもしていたよね。初めの頃の世界は、確かに君を想う心があった。ほんとにわずかな数だけど。
エレをよく思えない人によって、隠されていただけで。
今は……ある期間からは、どの世界もエレに優しくなんてなかったけど。
……僕は、ほとんどの時間を君と離れていたんだよね。
もっと、いっぱい一緒にいられたらよかった。
……
ゆっくりと目を開く。神聖力の影響だろう。輝いている。
上半身を起こすと、僕に顔を見せてくれた。寝ぼけているかのように、ぼぉーっとしている。視線が合わない。
「……」
きょろきょろと、部屋の中を見る。エレ色の部屋を
気に入らないものはないと思う。フォルのぬいぐるみまであるんだから。
隣で寝ていた、ピンクの子猫のぬいぐるみを手に取った。
ぎゅっと握って、ベッドから足を出す。じっと足を見る。
「……靴下」
「白ニーソ? 白タイツ? 」
開口一番、靴下用意してというおねだり。僕は笑顔で応じてあげる。この二択以外は認めないけど。
「……ニーソ」
「うん」
エレと白は合うんだ。髪の色の問題なのかな。でも、僕が変えてあげた方も似合うから、エレに似合うんだと思う。
目立つから、また変えておかないと。外に出る前にでも。
僕が白ニーソを用意すると、一旦ぬいぐるみ置いて、自分で履いた。服も、着替えるのかな?
……
品定め時間
……
ベッドから降りた。ピンクの子猫のぬいぐるみ持って。
「……」
まだ寝てる。長い間寝ていたから、仕方ないのかな。ソファに座ったから、その間に髪を整えてあげる。
艶やかで絹のような髪。今日はどんな髪型にしようか。誰の好みにしてやろうか。
フォルにしよっと。ハーフツインだよね。エレに毎回させているから。エレは気づいていないんだけど。
薄ピンクのネグリジェがかわいらしい。レースがあればいいと探した甲斐があった。
「ちょうちょ」
「つけてあるよ」
「……うん」
立った。寝ぼけている時の世話しろは変わんない。
「……フォル」
「うん。行こっか」
フォルのとこに行きたいみたい。いつになったらちゃんと起きるんだか。おとなしくて、普段と違う魅力があるのは、黙っていた方がいいかな。
おぼつかない足取り。転びそうになる度に、僕が支えてあげる。抱っこして歩いた方が早いんだろうけど、威嚇の可能性があるから何も言わない。
扉を開けようと、一生懸命押している。でもね、エレ……それ、引かないと永遠に開かないんだ。
エレはまるで閉じ込められたかのように、泣き出した。僕がすぐに扉を引いて開ける。エレが泣き止んだ。
寝ぼけていると、本能で動いているのかとツッコみたくなる事がしばしば。
廊下をゆっくりと歩いて、リビングへ向かう。みんなくつろいでる。
ちゃんと、フォルの隣が空いている。エレが……花器が少し前までいた場所だから。
イシュは……まだ寝ているのかな。
「……」
「……エレ」
愛する二人の再会。さっきまで、本来の身体でないとしても一緒にいたんだ。そこまで変わらないと思うけど……
エレがフォルの隣に座る。のではなく、フォルの上に座った。そこが定位位置なのかな。
「……寝ぼけてる? 」
「みたい」
「……キスする? 」
「すれば? 」
適当に返事しているように見えるかもしれないけど、適当じゃないよ。フォルだからいいって思ってるだけ。
フォルが、エレの頬にキスをする。
「…………ふにゅ………………ふにゅ…………ふ……ふにゃぁぁぁぁ⁉︎ 」
いつものエレ登場。これぞエレなんだと、なんか……気が抜けた。
ミドゥが、早く自分の隣に座れと、僕の左腕を引っ張る。隣に座ると、寄りかかってきた。紅茶もらったから何も言わない。
「……にゃ……にゃん……グリちゃん……今後のお話するから、繋げて」
起きたエレは、意外とちゃんとしている。今後か……フォルの事もあるけど、組織の事とか、考えないといけない事、いっぱいだね。
みんなと一緒なんだから、大丈夫だって楽観的に考えたくなる。それだけじゃだめってわかってはいるんだけど……




