8話 安らぎの聖女
まずは、一段階目。夕暮れ時の空に、爆発が起きる。朝の明るさよりも明るい。爆発の衝撃は、エレとイシュのおかげで地上ではない。魔星が静まるというより沈まる。
静かな空に、赤い光が流れる。人々の寄り添う赤い光は、人を溶かしてくれる。となれば、僕らの完全勝利と言っていいだろう。
まぁ、ひとまず、世界は無事だったんだ。それだけでも、歓喜の声をあげていいくらいの成果だろう。
それに、流石にこれはあの種族を出し抜けているだろうからね。なんで、エンシュア組織の計画だろうものに関わっているのかは謎だけど。
フォルは、失敗した時の保険はちゃんと用意していた。だから、万が一の失敗で世界が滅びる。その可能性は最小限にまで抑えていたはず。その保険を使わせなくてよかったよ。フォルとギューの合わさる視線で、察したんだ。
不思議なのはもう一つか。フォルはともかく、ギューがその考えを察するどころか、初めから頭に入れられている。それは、僕らと同様の知識がないとむずかしいはずなのに。
エレとイシュが、ふさふさ緑の地面に座る。
問題は、人の方。いくら魔星の暴走を完全に押さえ込もうと、人が動けていないと勝利とは言い難い。
周囲の状況を確認する。
……
……
……決して、最高の結末。完全勝利、とは、言えない。そんな、結果だ。最悪の結末、は避けられたけど……
……
動けている人いる。でも、半分以下。ほとんどの人が、動いていない。
声をかけても、揺らしても動かない人達。動ける人達の多くが、泣き崩れている。
あの種族なら、これでも、よかったね。と言うんだろう。僕らには、到底言えない言葉だ。涙を見せるのは、やっぱりお姫様達。ギューに頼んで、顔を隠しているフォル。
ただただ、見つめる僕にそっと触れられる温もり。さっきまでは、怖いとか何か企んでいるなんて言っていたけど、今は、それがありがたい。
「……」
何も言わないのも。
天空に現れる空色の光。涙を拭いながらも、人々に希望の光を見せようとする姿が、グリちゃんの能力越しに見える。
どうか、どうか……転生した時、大切な人とまた出会えてくれますように。
僕らにできる事は、もう、そう願う事だけなんだろうか。
こういう事は何度も経験しているよ。何度も経験しても、慣れるわけないんだ。慣れちゃ、だめなんだ。
僕のお姫様、じゃなくて、エレが立ち上がる。
震える足で、立って、両手を体の前で、拳を作る。
涙を拭いて
「あの! わ、わたしは……安らぎの聖女と呼ばれている者です! こ、この人達は……わたしが、創生種の元へ、送って差し上げました! 」
誰一人として、動けなかった。そんな中で、たった一人、声をあげた。
当然、なんでって声が出る。グッと涙を堪えている小さな少女。誰もその姿に目を行く事はない。
人々を救う聖女。呪いの聖女はごく一部以外知られていない。神和の聖女は人々も信頼を集めている。でも、安らぎの聖女は……
この件で余計に反感を買う事になるんだろうね。
エレはきっと、もう何も知らないわけじゃないんだ。知っていて、選択している。
……ああ、だからあの子はエレを選んだのか。
動けるようになった、一部の神官達が、静まった。なのかを悟ったかのように。
それに気づけない人の方が多い。一人の幼い子供が、立ち上がったお姫様に対して石を投げた。大切な人を返せと。
「やめんか! 」
神官長様……
石を右手で受け止めて、そっと地面に置いた。
「仮にも聖職者として選ばれた者が、そのような行為をしていいと思うでない! 彼女の顔を見れば、彼女のどこまでも深い優しさがわかるであろう! 」
そっか。初日は関係者だけだったんだ。忘れてたよ。僕らも一応関係者だからって何も言われないのとか。
「安らぎの聖女は、彼らが迷わぬよう、送ってくださったのだ。感謝をすれど、恨み言をいうのは違うであろう! 」
神官長様の言葉で、安らぎの聖女に対する評価が変わったんだろう。大人はほとんどが彼女に何も言わなくなった。でも、子供の多くは理解できていないみたい。
安らぎの聖女は、想い達を創生種へと運ぶ。その役割を理解しているはずの大人ですら、最初は彼女に不満をぶつけたんだ。仕方がないのかもしれない。しれないけど……
仕方がないねなんて、言えるほど大人じゃない。
「……皆様を救えなかったのは、神和の聖女である、私の責任です。責めるのでしたら、私にしてください」
イシュがそう言っても、神和の聖女は元の信頼があるからだろう。そんなわけない。神和の聖女様は何も悪くないと、みんな庇っている。エレの事は、誰も庇いはしなかったというのに。なんなら、商品がだめになっているのまで、エレのせいにしている。
人の弱さ、わかっていたはずだけど……
「……神官長、ぼくらは一旦部屋に戻っていいですか? ……事後処理、よろしくお願いします」
ミドゥ……
「そうだな。そうしたまえ。我らをお救いしてくださった聖女様に、紅茶でも淹れておきたまえ」
「ジュースありましたよね? それもらいます……シェフィ、行くよ」
「……うん」
僕はいいけど、他のみんなは……フォルの事は、ギューが連れてってる。お姫様達はヴィーが。こういう時は、年上って感じするよ。
成長止まった年齢だけ見れば、実際年上だから。全然そう見えないけど、ヴィーは二十一。ギューは二十二じゃなかったかな。全然見えないけど。というか、正直外見だけだとヴィーの方が年上に見える。ギューよりも。
「……てこてこ」
あれ? 珍しい。エレが自分からヴィーと離れてギューの方に行った。お目当てはフォルみたい。全然珍しくもなんともないかも。
ミドゥの案内で、応接室じゃなくてミドゥの部屋に移動した。
「……シェフィ、大丈夫? 」
「うん。ある程度は覚悟の上。でしょ? さすがに、エレの行動だけは読めなかったけど」
「……ねぇ、エレはジュースだけど、みんなは紅茶でいい? ……世界、守れたんだから、ご褒美」
ミドゥは、無理してでも、明るく振る舞おうとしているのかな。
「僕は……ミドゥのすきにしていいよ。変なもん入れなければだけど」
少しでも空気を明るくしようとしてくれている。そんなミドゥに、僕もご褒美。
怪しいもの入れようもんなら、突き返すけどね。毒じゃなくて、媚薬の類なら、効くって以前証明されたから。ずっとずっと前に通っていた学園で。
「……僕は……リラックス効果のあるハーブティー」
「……ヴィー、紅茶は」
「知っている。俺は、紅茶でいい」
「……さすがに覚えてっか」
そこで残念そうにするの、ほんとに似てるよ。いたずらする時のフォルに。教育の成果なのかなと思うくらい。
「……エレも……エレも」
「ミドゥ、オレもジュースにする」
「じゃあ、エレもジュースなの……ふにゅ。ギューもなら、またエレだけ子供扱い違うの」
全部口に出ているよ。紅茶の方がすきなはずなのに。エレ扱い上級者。
「私もジュースにする」
ちょっと、これは意味違うかな。ギューは気遣い、イシュはエレすきすぎ。口に出さずとも顔に出してる。エレとおんなじ嬉しいって。
「ギュー、まだ甘いね。そういう時は、どの銘柄とか国産にするかとか聞いて、わからないを勝ち取らないと」
「フォル、安心して。神殿にはそんな多種多様に置かれていないから」
「うん。ついでに、ジュースはマテの実ジュース。紅茶は、聖月国産だけ」
イシュとミドゥの言葉にフォルが「えー。」って言ってる。なんて、明るく振る舞う僕ら。
それは、言動だけ。表情は、真剣そのもの。エレだけのほほん。
それもそのはず、楽しく会話をしながらも、争奪戦が始まっている。
誰も動かない。エレ以外はソファに座っていない。
すっ——フォルが動いた。ギューを連れて自然とエレの隣をとった。残りは反対側。ここは何がなんでも僕が——
「……」
ミドゥが僕の右腕を抱いて離さない。その隙に動いたのは、イシュ。
イシュにエレの隣を奪われた……




