第28話「ずっと、友達」
子どもの「ずっと」は、たぶん本気です。
その日、施設の玄関に段ボールがひとつ置いてあった。
小学校の低学年の男の子の荷物だった。
里親が決まったのだと、澪はあとから耳にする。
男の子は嬉しそうでもあり、少し怖そうでもあった。
玄関を出る直前、その子は一度だけ澪のほうを振り返った。
何か言いたそうに口を開けて、結局は何も言わずに、ぺこりと頭を下げた。
澪も、ぺこりと頭を下げ返す。
それだけのやりとりだった。
みんなで玄関先に出て、迎えの車を見送る。
澪も、いつものように列の後ろから見ていた。
車が曲がり角を曲がって見えなくなると、子どもたちは散り散りに部屋へ戻っていく。
何事もなかったかのように、日常のほうを向いて。
澪は、その切り替えの早さに少し驚いた。
誰かがいなくなることは、この場所では特別なことではないのだ。
園長先生が男の子の使っていた机を廊下の隅へ運んでいくのを、澪はじっと見つめていた。
誰かが来て。
誰かがいなくなって。
それでも、日々は続いていく。
部屋に戻った澪は、箱の前に座った。
蓋は開けない。
ただしばらく、閉ざされた蓋を見つめていた。
用務員の、あの人の顔がふと頭に浮かぶ。
あの人もいつか、ここからいなくなるのだろうか。
そう思ってから、澪は自分自身に少し驚いた。
いままで、そんなふうにあの人の行く末を考えたことなどなかった。
考えても、答えは出ない。
澪はその問いを、そのまま胸の奥にしまい込んだ。
窓の外の青い時間が、もうほとんど夜の闇に溶けかけていた。
夜、澪の部屋の戸がそっと開いた。
ひなただった。
いつもの空き缶を持っていない。
両手をからっぽのまま、だらんと下げて立っている。
澪の隣に座り込み、しばらく何も言わなかった。
澪も、何も尋ねない。
やがて、ひなたがぽつりと呟いた。
「みおちゃんも、いつかいなくなる?」
声が、少し震えていた。
澪は答えられなかった。
いなくならない、とは言えない。
この施設にずっといられるわけではないことを、澪もなんとなく分かっていたからだ。
ひなたはうつむき、自分の指先を見つめていた。
「わたしも、いつかどこかいくのかな」
消え入りそうな声だった。
澪は何も言えないまま、箱に手を伸ばした。
金具を外して、蓋を開ける。
糸に、指を置いた。
一の音。
二の音。
三の音。
四の音。
教本の最初の曲を、最後まで弾いた。
濁りは、まだあった。
それでも、止まらずに最後まで辿り着いた。
ひなたは、その音をじっと聴いていた。
弾き終えると、澪はひなたのほうを向く。
言葉は交わさない。
ただ、もう一度最初の音に指を戻した。
今度はゆっくりと、一の音だけを鳴らす。
それからひなたを見て、缶を叩く真似をしてみせた。
ひなたが、丸い目を見開く。
「いっしょに?」
澪は、小さくうなずいた。
ひなたは部屋の隅へ走り、置いてあった空き缶を抱えて戻ってきた。
澪の隣に、もう一度座り直す。
澪が指をのせる。
こつ、とひなたの缶が後ろからついてくる。
ずれて、また揃って、またずれる。
いつもの、二人の音遊びだった。
音が続いているあいだ、ひなたは何も尋ねなかった。
澪も、何も言わなかった。
ただ、音だけが言葉の代わりに、何度も二人のあいだを行き交っていた。
弾き終えて、澪は指を止めた。
まっすぐに、ひなたの瞳を見つめる。
答えになっているかは分からない。
いなくならないと約束することは、誰にもできない。
それでも、いまここで一緒に音を鳴らしていることだけは、嘘ではなかった。
澪は、自分の小指をそっと立てた。
ひなたがその意味に気づき、目を丸くする。
おそるおそる、自分の小指を絡めてきた。
二本の小指が結ばれる。
冷え切った指先だった。
それでも、絡め合った場所だけが、じんわりと温かい。
澪は、もう一度ゆっくりとうなずいた。
ひなたが涙目のまま、小さく笑った。
「ずっと、友達」
と、ひなたが言った。
小さくても、はっきりとした声だった。
澪は答えなかった。
答える代わりに、絡めた小指に少しだけ力を込める。
二人の指先は、しばらく結ばれたままだった。
窓の外は、もう真っ暗になっていた。
部屋の隅で、床に置かれた缶がころんとひとつ倒れる音がする。
その音に、二人は一緒に振り返った。
誰も笑わなかった。
それでも、澪の胸の奥の火は、さっきより少し明るくなっていた。
あと何回、集まりの日が巡ってきたら、あのみんなのほうを向いた椅子に座るのか。
澪には、まだ分からない。
分からないまま、澪は絡めていた小指をそっとほどいた。
ひなたの手は、まだ微かに震えている。
その震えが少しずつ静まっていくのを、澪はじっと見守っていた。
多分、忘れるけど…
卒アルで、三人程ずっ友だよ♡なんて書いてあったグループは、
全員マルチで逝ったね(´・ω・`)





