第九歩目 「農園のバイトと、英雄の食糧庫」
薬草店のバイトを終えた翌日。
ユウ・タナカは、王都近郊の農園にいた。
「今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ。人手が足りなくて困ってたんだ」
農園の主人は、嬉しそうにユウを迎えた。
「仕事は簡単だ。畑の手入れ、収穫、それから倉庫の整理だ」
「分かりました」
「重いものもあるぞ?」
「大丈夫です」
農作業は嫌いではない。
むしろ、懐かしかった。
土を触る。
種を植える。
作物の状態を見る。
農夫だった前世の記憶が、自然に蘇る。
「……この畑、少し水が多いですね」
「分かるのか?」
「根腐れします」
「そんなことまで?」
「昔、農家だったので」
「君の『昔』は本当に幅広いな……」
ユウは畑を歩き回った。
水路を確認する。
土を掘る。
「ここ、少しだけ水の流れを変えましょう」
「そんな簡単に?」
「はい」
溝を掘る。
石を並べる。
水の流れを調整する。
わずかな作業だった。
だが翌日には、畑の土がちょうどいい具合に乾いていた。
「……すごいな」
農園の主人は感心した。
「今年は豊作になるかもしれん」
「よかったですね」
ユウは笑った。
そして昼。
農園の倉庫を整理していると――
「ん?」
一番奥に、大量の木箱が積まれていた。
「これ、何ですか?」
「それは軍への納品分だ」
「軍?」
「ああ。最近、王国軍が大量に食料を買い付けてるんだ」
ユウは木箱を開ける。
干し肉。
小麦。
豆。
保存野菜。
大量の食料だった。
「……多いですね」
「魔王軍との戦争が始まるからな」
「なるほど」
ユウは納得した。
しかし――
「これ、保存方法が悪いです」
「え?」
「このままだと、二週間くらいで傷みます」
「そんなに早く?」
「湿気がこもっています」
ユウは倉庫の壁を見る。
「換気口を増やしたほうがいいです」
「でも、改修する金なんて――」
「いりません」
「え?」
「これを外せばいいので」
ユウは棚を動かす。
裏から古い通気口が現れた。
「塞がってただけです」
「……」
農園主人は絶句した。
「君、何でそんなことまで分かるんだ?」
「商人だったので」
「その前世、万能すぎないか?」
その日の夕方。
ユウは倉庫の裏で、奇妙な足跡を見つけた。
「……」
人間ではない。
馬でもない。
魔物の足跡だ。
狩人だった前世の経験が告げている。
「夜に来てるな」
しかも複数。
食料を狙っている。
「主人さん」
「どうした?」
「夜、倉庫を見張ったほうがいいです」
「盗賊か?」
「たぶん違います」
夜。
ユウは倉庫の屋根の上にいた。
「……来た」
森から影が出てくる。
三匹。
牙の生えた小型魔物――グレムリンだった。
「やっぱり」
ユウは屋根から飛び降りる。
ドサッ。
「ギギッ!?」
驚いた魔物が振り返る。
「悪いけど、食料は渡せない」
ユウは棒を一本拾う。
狩人だった前世。
剣聖の孫娘だった前世。
そして何度も魔物と戦った人生。
わざわざ武器を抜く必要もない。
足を払う。
腕を叩く。
急所を避けて動きを止める。
数秒後。
三匹の魔物が地面に転がっていた。
「よし」
ところが。
「……まだいるな」
森の奥。
もっと大きな気配。
ユウが目を細める。
「これは……」
翌朝。
農園の近くで、大きな魔物の群れが発見された。
そして、その群れは――
勇者たちが進んでいる街道へ向かっていた。
ユウは地図を見る。
「……」
農園。
街道。
勇者たちの進路。
「近いな」
農園主人が尋ねる。
「どうした?」
「ちょっと出かけてきます」
「どこへ?」
「街道です」
「仕事は?」
「昼までには戻ります」
「いや、そういう問題じゃ――」
ユウは走り出した。
狩人だった頃の足。
剣聖の孫娘だった頃の身体感覚。
身体強化の魔法を使う前世の記憶。
それらが一つになる。
森を抜ける。
丘を越える。
そして――
遠くに勇者たちの馬車が見えた。
「いた」
その前方。
魔物の群れが街道を塞いでいる。
「間に合った」
ユウは近くの岩陰に隠れた。
勇者たちが剣を抜く。
「敵襲!」
戦闘が始まった。
勇者が魔物を斬る。
女冒険者が弓を放つ。
女魔法使いが魔法を撃つ。
聖女が仲間を支える。
「強くなったな」
ユウは少し嬉しくなった。
自分が直接戦う必要はない。
英雄は英雄らしく戦えばいい。
だが――
「……あれはまずい」
群れの奥から、一回り大きな魔物が現れた。
勇者たちも気づく。
「上位種……!」
巨大な腕が振り下ろされる。
勇者が受け止める。
「ぐっ……!」
剣が大きく軋む。
「勇者!」
女魔法使いが叫ぶ。
ユウは岩陰から立ち上がった。
――その時。
勇者の手元の剣が、わずかに光った。
王都の鍛冶屋でユウが作った剣。
刃が魔物の腕を受け止める。
「……!」
勇者が力を込める。
「いける!」
一閃。
巨大な魔物が倒れた。
戦闘が終わる。
勇者は剣を見つめた。
「……すごいな、この剣」
女魔法使いが辺りを見る。
「さっき、何かいたような……」
だが岩陰には、もう誰もいない。
ユウは森の中を走っていた。
「危なかったな」
そして農園へ戻る。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
「どこまで行ってたんだ?」
「ちょっと散歩です」
「散歩で泥だらけになるか!」
ユウは笑った。
その夜。
勇者たちは焚き火を囲んでいた。
「なあ」
勇者が言う。
「どうしたの?」
「今日、誰かに助けられた気がする」
女魔法使いが黙る。
聖女も黙る。
女冒険者が森を見る。
「……気のせいじゃないか?」
勇者は苦笑した。
「そうかもな」
同じ頃。
農園では。
「ユウ、明日の収穫が終わったら休んでいいぞ」
「ありがとうございます」
「その後はどうする?」
「まだ決めてません」
「また別の仕事を探すのか?」
「はい」
ユウは求人票を眺める。
そこには――
『王都冒険者ギルド・臨時受付係募集』
と書かれていた。
「……これにしようかな」
ユウは求人票を剥がした。
本人はまだ知らない。
勇者たちが次に訪れる場所も――
冒険者ギルドであることを。




