第八歩目 「薬師のバイトと、毒消しの一滴」
鍛冶屋のバイトを終えた翌朝。
ユウ・タナカは、次の仕事を探していた。
「薬師の手伝いか」
王都の掲示板に貼られた求人票。
『薬草店・短期手伝い募集』
ユウは少し考える。
「これでいいか」
理由は単純だった。
薬師だった前世がある。
ついでに、狩人だった頃に薬草を覚えた。
農夫だった頃には植物の育て方も知っている。
何より――
「屋内で働けそうだし」
鍛冶屋は暑かった。
夏場の炉は特に暑い。
だから今回は涼しそうな仕事を選んだ。
その程度の理由だった。
薬草店に到着すると、店主の薬師が出迎えた。
「手伝いに来てくれた子かい?」
「はい」
「薬草の知識は?」
「少しあります」
「また少しかい」
「はい」
「まあ、薬草の整理からお願いするよ」
「分かりました」
棚いっぱいに並んだ薬草。
ユウは一つずつ確認する。
「これは乾燥しすぎ」
「え?」
「こっちは湿気ってます」
「……」
「これは別の薬草が混ざってます」
「…………」
薬師は無言になった。
「君、本当に薬草の知識が『少し』なのかい?」
「昔、ちょっとやってたので」
「その『昔』を詳しく聞きたいよ」
ユウは笑って誤魔化した。
午前中は薬草の整理。
午後は薬の調合。
薬師が作った薬を確認する。
「この薬、少し甘くしたほうが飲みやすいですよ」
「薬効は?」
「変わりません」
「なぜ?」
「この薬草を少し減らして、こっちを増やせば」
薬師が試す。
「……本当だ」
「よかったですね」
「君は何者なんだ?」
「ただのバイトです」
「それ、昨日も聞いた気がするな……」
その日の夕方。
店の外が騒がしくなった。
「道を開けろ!」
兵士の声。
ユウが外を見る。
王宮から馬車がやって来た。
「……」
見覚えのある馬車だった。
「まさか」
扉が開く。
勇者たちが降りてきた。
「……」
「……」
勇者とユウ。
また目が合う。
「…………」
勇者が空を見上げた。
「どうしてだ」
「こんにちは」
「もう驚かないぞ」
「そうですか」
「ここで何をしている?」
「バイトです」
「だろうな!」
女魔法使いが笑い出す。
「五回目!」
「何がですか?」
「こっちの話!」
勇者たちは薬草店へ入ってきた。
女冒険者が薬草を買う。
聖女が回復薬を確認する。
そして勇者が言った。
「実は、少し困ったことがある」
「何ですか?」
「仲間が一人、毒にやられた」
女冒険者が顔をしかめた。
「昨日、魔物と戦った時に毒を受けたの」
ユウは傷を見る。
「……これは」
ただの毒ではない。
狩人だった前世。
薬師だった前世。
そして何度も魔物と戦った人生。
それらの知識が、一瞬で毒の種類を判断した。
「普通の毒消しじゃ効きません」
「分かるの?」
「はい」
「治せる?」
「たぶん」
「たぶんって……」
ユウは薬草棚を見る。
「これと、これ」
二種類の薬草を取る。
「それは?」
「普通の解毒薬には使いません」
「そうだけど?」
「混ぜます」
薬草を刻む。
煎じる。
別の薬草を加える。
火を弱める。
香りを確認する。
「これで飲ませてください」
女冒険者が薬を飲む。
「……」
しばらくして。
「楽になってきた」
「本当?」
女魔法使いが驚く。
顔色が少しずつ戻っていく。
「毒が抜けてる」
聖女も目を見開いた。
「私の治癒魔法だけでは、毒を完全には取り除けませんでした」
「毒そのものを消すんじゃなくて、体の外へ出しやすくする薬なので」
ユウは説明する。
「なるほど……」
聖女が感心する。
「あなた、薬師なの?」
「バイトです」
「……」
聖女が微笑む。
「あなたは本当に不思議な人ですね」
「よく言われます」
勇者がユウを見る。
「助かった」
「仕事ですから」
「君に会うたびに助けられている気がする」
「偶然ですよ」
「……そういうことにしておく」
その夜。
勇者たちは薬草店の近くの宿に泊まることになった。
ユウは仕事を終え、店の裏で一人夕食を食べていた。
すると、薬師が隣に座った。
「ユウ」
「はい?」
「君、薬師にならないか?」
「ありがとうございます」
「王都で店を持てるぞ」
「でも短期バイトなので」
「……本当にバイトが好きだな」
「気楽なので」
ユウは笑った。
薬師は少し考える。
「じゃあ、一つだけ教えてくれ」
「何ですか?」
「君は、何の仕事が一番好きなんだ?」
「……」
ユウは考えた。
鍛冶。
料理。
薬師。
漁師。
商人。
狩人。
どれも嫌いではない。
むしろ全部好きだった。
だが――
「分からないです」
「分からない?」
「色々やってきたので」
薬師は少しだけ笑った。
「それも、君らしいのかもしれないな」
翌朝。
勇者たちは出発することになった。
「今度こそ、しばらく会わないかもしれないな」
勇者が言う。
「そうですね」
「次に会う時は、魔王軍の本拠地に近い場所になる」
「気をつけてください」
「ああ」
馬車が走り出す。
女魔法使いが窓から顔を出した。
「ユウ!」
「はい?」
「次はどこで働くの?」
「まだ決めてません」
「……じゃあ、賭けようか」
「何を?」
「次に私たちが会う場所」
ユウは少し笑った。
「さすがに、もう偶然は続かないでしょう」
「そうね」
馬車が遠ざかる。
ユウは手を振った。
そして薬草店へ戻る。
「さて」
求人票を眺める。
「……王都近郊の農園」
農園。
植物の世話。
収穫。
畑仕事。
「これなら、しばらく静かに働けそうだ」
ユウは求人票を剥がした。
しかし――
その農園は、勇者たちが次に向かう魔王軍の補給基地のすぐ近くにあった。
もちろん、ユウは知らない。
いや。
もしかすると――
知らないはずなのに、なぜかその仕事を選んだのかもしれない。
本人にも、その答えはまだ分からなかった。




