第六歩目 「道を作るバイト」
翌朝。
ユウ・タナカは、いつものように厨房に立っていた。
鍋をかき混ぜながら、昨夜のことを思い出す。
「……道を作ることになったんだよな」
昨日、王宮の作戦会議室で山道の危険性を指摘した。
すると話が妙な方向へ進み――
『では、その道をどうする?』
『作り直せばいいです』
『誰が?』
『俺が』
そんな流れになった。
本人としては、ただの思いつきだった。
だが朝になってみれば。
「ユウ!」
厨房の責任者が飛び込んできた。
「王宮から迎えが来てるよ!」
「……もう?」
「道の工事を手伝ってくれって」
「今日まで厨房のバイトなんですけど」
「それは向こうに言っておくれ!」
ユウはため息をついた。
「仕方ないか」
包丁を置く。
こうしてユウは――
道作りのバイトを始めることになった。
王都を出て、山道へ向かう。
現場には勇者たちと兵士、土木作業員が集まっていた。
「来たか!」
王宮の兵士が手を振る。
「よろしくお願いします」
ユウは頭を下げた。
「……本当に君が道を作るのか?」
「一人じゃ無理ですよ」
「そうだよな」
兵士は安心した顔をした。
「作業員は集めてある」
「なら大丈夫です」
ユウは山を見上げた。
斜面。
岩。
土。
木々。
そして地下から流れる水。
鉱山で働いていた頃の記憶が、自然に蘇る。
「ここは掘らないほうがいいですね」
「なぜだ?」
「地下水があります」
「分かるのか?」
「音が違います」
ユウは地面を軽く踏む。
「こっちも駄目です」
今度は岩を叩く。
「この岩の下が空洞です」
「……」
兵士たちが顔を見合わせる。
「じゃあ、どこならいい?」
ユウは山を見渡した。
「ここです」
少し離れた場所を指差す。
「斜面を削って、道を少しだけ高くします」
「そんな場所に道を?」
「はい」
「崩れないか?」
「崩れないように作ります」
作業が始まった。
ユウは指示を出す。
「そこは深く掘らないでください」
「石はこっち」
「木は全部切らなくていいです」
「水の流れを塞がないように」
作業員たちは最初こそ戸惑っていた。
しかし――
ユウの指示通りに作業すると、驚くほど効率よく道ができていく。
「次、ここを固めます」
「はい!」
「その石は捨てないで」
「何に使う?」
「橋の土台にします」
材料を無駄にしない。
人手を無駄にしない。
時間も無駄にしない。
商人としての経験。
農夫としての経験。
鉱夫としての経験。
様々な前世が、一つの仕事の中で繋がっていく。
昼頃。
勇者たちがやって来た。
「順調か?」
「はい」
ユウが答える。
「明日の昼には通れると思います」
「早すぎないか?」
「人がいるので」
「いや、それでもだ」
女魔法使いが完成途中の道を見る。
「本当にここで大丈夫なの?」
「大丈夫です」
「どうして?」
「昔、似たような場所で働いていたので」
「……また『昔』」
女魔法使いは呆れた。
「あなたの昔って何なの?」
「色々です」
「色々って……」
そこへ女冒険者が地面を見る。
「この道、本当に魔物に襲われにくいの?」
「はい」
「どうして?」
「森の中を通らないからです」
ユウは周囲を指差した。
「魔物は森を好みます」
「なるほど」
「それに、見通しもいい」
「確かに」
勇者が頷く。
「これなら安全に進めそうだ」
ユウは笑った。
「よかったですね」
「君も一緒に来ないか?」
「仕事が終わったら別のバイト探します」
「……」
勇者はもう何も言わなかった。
夕方。
道はほぼ完成した。
最後にユウが地面を確認する。
「よし」
その瞬間。
山の奥から轟音が響いた。
――ドォン!
「何だ!?」
兵士たちが振り返る。
遠くの山肌が崩れていく。
大量の土砂が、元々予定されていた旧街道へ流れ込んだ。
「……」
全員が絶句した。
もし旧街道を使っていたら。
魔王討伐隊は、あの崩落に巻き込まれていた。
勇者がユウを見る。
「……君」
「はい?」
「これも分かってたのか?」
「いえ」
ユウは首を振った。
「さすがに今のは分かりませんでした」
「じゃあ、どうしてこの道を?」
「安全そうだったので」
「…………」
女魔法使いが小さく呟く。
「この子、絶対何か持ってる」
「何かって?」
「分からないけど、何かよ」
ユウは首を傾げた。
「普通ですよ」
「それ、もう聞き飽きたわ」
その夜。
勇者たちは新しい道の前で野営することになった。
焚き火を囲みながら、勇者が言う。
「明日、この道を通って魔王軍の領域へ入る」
「はい」
「君は?」
「俺は王都へ戻ります」
「……そうか」
勇者は少し寂しそうだった。
「またどこかで会えるといいな」
「そうですね」
ユウは笑った。
そして翌朝。
勇者たちは出発した。
新しい道を進んでいく。
その先には、魔王軍の補給拠点がある。
ユウは知らない。
昨日作った道が、偶然にも魔王軍の監視を避ける最短ルートになっていることを。
そして――
勇者たちがその道を通ったことで、魔王軍が長年使っていた補給路と交差することを。
さらに数日後。
魔王軍の補給部隊は、大混乱に陥る。
「勇者が補給路を潰しただと!?」
「どうしてこちらの動きを知っている!」
「分かりません!」
魔王軍の指揮官は地図を睨む。
「勇者は我々の情報を掴んでいる……!」
その頃。
王都へ戻ったユウは――
「次のバイト、何にしようかな」
求人掲示板を眺めていた。
「……鍛冶屋の手伝いか」
少し考える。
「やったことあるし、これでいいか」
また一つ。
英雄の旅路の近くで、ユウの新しいアルバイトが始まろうとしていた。




