第五歩目 「王都の仕事は、英雄の裏側」
王都に到着した。
ユウ・タナカは、まず宿を探した。
だが――
「高いな」
王都の宿は、今までの町とは比べものにならないほど高かった。
十五歳の少年には、少々厳しい。
「まあ、働けばいいか」
ユウはそう言って、仕事を探し始めた。
王都には仕事が多かった。
商店。
酒場。
武器屋。
厩舎。
倉庫。
冒険者ギルド。
そして王宮関連の仕事まである。
「どれにしようかな」
掲示板を眺める。
すると、一枚の紙が目に入った。
『王宮付近・臨時厨房スタッフ募集』
「厨房か」
ユウは少し考えた。
料理人だった前世の記憶がある。
問題ない。
「ここにしよう」
採用はあっさり決まった。
王都に滞在する勇者一行の食事を作る厨房だった。
――つまり。
またしても英雄の近くで働くことになった。
しかしユウは気づいていない。
「今日からよろしくお願いします」
「助かるよ。勇者様たちの食事は量が多いからね」
「分かりました」
厨房の責任者から仕事を教わる。
野菜を切る。
肉を焼く。
スープを作る。
パンを焼く。
どれも難しくない。
料理人だった前世の経験があれば、むしろ簡単だった。
「……うまい」
料理人たちが試食する。
「この味付け、どうやった?」
「普通に」
「普通じゃないよ」
また同じことを言われた。
夕方。
勇者一行の食事が運ばれていく。
「今日は王宮の食事か」
勇者が席につく。
女魔法使いが料理を見る。
「……なんか、見覚えのある味」
スープを一口。
「これ……」
「美味しい」
聖女が笑う。
女冒険者も頷く。
「確かにうまいな」
勇者は厨房へ向かった。
「料理人さん、ありがとう!」
「いえ」
厨房の奥からユウが顔を出す。
「……」
「……」
勇者が固まる。
ユウも固まる。
「お前……」
「はい」
「ここでも働いているのか?」
「はい」
「…………」
勇者は天井を見上げた。
「なんでだ」
「仕事があったので」
「王都に来てまで?」
「はい」
「俺たちが来ることを知ってたわけじゃないよな?」
「知りません」
「本当に?」
「本当です」
勇者は女魔法使いを見る。
女魔法使いも勇者を見る。
「四回目ね」
「四回目だな」
ユウは首を傾げた。
「何がです?」
「……いや、もういい」
その夜。
ユウは厨房の片付けをしていた。
すると、王宮の兵士が駆け込んできた。
「大変だ!」
「どうしました?」
「勇者様の食事に使うはずだった薬草が足りない!」
厨房が騒然となる。
「明日の朝までに必要なんだ!」
「今から買いに行っても店は閉まってるぞ」
「どうする?」
ユウは薬草の棚を見る。
「どの薬草ですか?」
「これだ」
袋を見せられる。
「……これなら代用品があります」
「代用品?」
「こっちの薬草です」
「でも効果が違うだろう?」
「少しだけです」
ユウは薬草を手に取る。
薬師だった前世の知識が蘇る。
「この薬草を少量混ぜれば、同じ効果になります」
「本当に?」
「はい」
ユウは調合する。
香り。
色。
効能。
全てを確認する。
「これで大丈夫です」
厨房の責任者が味見をする。
「……問題ない」
兵士は胸を撫で下ろした。
「助かった!」
「よかったですね」
ユウは仕事に戻る。
その様子を、廊下の奥から見ている者がいた。
聖女だった。
「……あの少年」
彼女は呟く。
「料理だけじゃない」
剣を直した。
道を直した。
天候を当てた。
そして薬草まで。
「一体、何者なのかしら」
翌朝。
勇者たちは王宮へ向かった。
魔王討伐の正式な任務を受けるためだ。
ユウは厨房で朝食を作っている。
やがて勇者がやって来た。
「ユウ」
「はい?」
「今日、俺たちは魔王討伐の正式な任務を受ける」
「そうですか」
「王都を出るのは数日後になる」
「分かりました」
「君は?」
「まだここで働きます」
「……そうか」
勇者は笑った。
「また会うかもしれないな」
「王都にいるなら、会うかもしれませんね」
「いや」
勇者は苦笑する。
「俺たちがどこへ行っても、君はいそうな気がする」
「まさか」
ユウは笑った。
「そんな偶然、そう何度も――」
「ユウ!」
厨房の奥から声が飛んできた。
「王宮から追加の注文だ!」
「今行きます!」
ユウは勇者に頭を下げる。
「すみません。仕事なので」
「……うん」
勇者はその背中を見送った。
そして小さく呟く。
「……本当に、何者なんだ?」
一方その頃。
王宮では、魔王討伐の作戦会議が始まっていた。
勇者たちが地図を見る。
魔王軍の拠点。
街道。
山脈。
河川。
補給路。
その中で、女魔法使いが一つの場所を指した。
「ここを通るしかないわね」
「山道か」
勇者が頷く。
「問題は、この山道がかなり危険だということだ」
王宮の兵士が説明する。
「過去に何度も崩落が起きています」
「なら、別の道を――」
「ありません」
会議室が静かになる。
勇者は地図を見つめた。
「……行くしかないか」
その頃。
厨房では、ユウが昼食の仕込みをしていた。
ふと、王宮の地図が目に入る。
「……あ」
山脈。
古い街道。
その位置関係。
奴隷だった前世で働いた鉱山の記憶。
山の地質。
地下水。
崩落の危険。
「ここ、危ないな」
ユウは呟いた。
そして少し考える。
「……まあ」
包丁を握り直す。
「勇者なら何とかするだろ」
それで終わるはずだった。
だが。
数時間後。
ユウはなぜか王宮の作戦会議室にいた。
「どうして俺、ここにいるんだ?」
兵士に連れてこられた理由は簡単だった。
厨房で何気なく、
「その山道、崩れますよ」
と言ったところ。
それを聞いた兵士が、
「なぜ分かる?」
と問い詰め。
話がどんどん大きくなり。
気づけば――
王宮の作戦会議室だった。
「この山道は危険なのか?」
勇者が尋ねる。
「はい」
「理由は?」
「地盤が弱いです」
「分かるのか?」
「昔、山で働いていたので」
「またそれか……」
女魔法使いが頭を抱える。
「あなたの『昔』って、いったい何歳の頃なのよ」
「昔は昔ですよ」
ユウは地図を見る。
「でも、ここを通らないといけないんですよね?」
「そうだ」
「なら、道を変えればいいです」
「そんな簡単に?」
「道を作り直せばいいので」
会議室が静まり返った。
「……君」
王宮の兵士が恐る恐る尋ねる。
「それを、誰がやるんだ?」
ユウは少し考えた。
「俺、明日まで厨房のバイトなんですけど」
「…………」
勇者が笑い出した。
「ははは!」
女魔法使いも笑う。
「もう、何なのよこの子!」
ユウは困ったように頭を掻いた。
「普通に働いてるだけなんですけど」
本人は本気だった。
ただのバイト。
ただの仕事。
ただ、困っている人がいたから手伝っただけ。
それだけだった。
しかしこの日。
魔王討伐隊の進路は、一人の名もなき少年によって大きく変わることになる。
そしてユウはまだ知らない。
その変更された道が――
魔王軍の補給路を偶然断ち切ることになるとは。




