第四歩目 「王都行きの荷馬車」
翌朝。
ユウ・タナカは、商業都市の門前にいた。
背中には小さな荷物。
手には昨日見つけた求人票。
『王都行き商隊・荷運び係募集』
「よし」
ユウは頷いた。
王都まで行けて、仕事もある。
悪くない。
「お兄ちゃん、荷物運びかい?」
声をかけてきたのは、商隊の隊長だった。
「はい。募集を見ました」
「十五歳か……まあ、いいだろう。荷物は持てるか?」
「大丈夫です」
「じゃあ、馬車の後ろを頼む」
「分かりました」
こうしてユウは、王都行きの商隊で働くことになった。
荷物を積み込む。
木箱。
食料。
布。
薬草。
工具。
商人だった前世の記憶があるユウにとって、荷物の仕分けは簡単だった。
「これは右側に置いたほうがいいですよ」
「なんで?」
「割れ物ですから」
「分かるのか?」
「音で」
木箱を軽く叩く。
「中身が陶器です」
「……なんで分かるんだ」
「昔、商売してたので」
「その台詞、便利だな」
隊長は笑った。
商隊は王都へ向けて出発した。
街道は穏やかだった。
空は晴れている。
風も弱い。
絶好の旅日和。
「今回は平和そうだな」
ユウは荷馬車の後ろで呟いた。
ところが。
昼過ぎ。
先頭の馬車が突然止まった。
「どうした!」
隊長が駆け寄る。
「道が崩れてる!」
街道の先。
雨で地面が削られ、大きな穴が開いていた。
「これじゃ馬車は通れないぞ」
「迂回するしかないな」
商人たちが相談を始める。
ユウは穴を覗き込んだ。
「……」
前世の記憶が蘇る。
奴隷として鉱山で働いていた頃。
地面の状態。
土の湿り具合。
崩れ方。
周囲の木々。
「隊長さん」
「なんだ?」
「ここ、迂回しないほうがいいです」
「どうして?」
「左側の斜面、崩れます」
「……分かるのか?」
「たぶん」
隊長は半信半疑だった。
「じゃあ、右は?」
「そっちは遠回りですけど安全です」
「よし。右へ回ろう」
商隊は迂回した。
その直後。
――ズズズズッ。
遠くで地面が崩れた。
「……」
「……」
隊長が振り返る。
左側の斜面が大きく崩れていた。
「お前……」
「だから言ったじゃないですか」
「たぶんって言ってただろ!」
「当たりましたね」
「そういう問題じゃない!」
商隊の一行は顔を見合わせた。
しかしユウは、何事もなかったように荷物を運び続けた。
そして夕方。
野営地に到着する。
ユウは薪を集める。
火を起こす。
料理をする。
「お前、何でもできるな」
隊長が呆れた。
「そうですか?」
「普通の十五歳は、こんなに手際よく野営できない」
「昔、狩人だったので」
「またそれか」
夕食を食べ終えた頃。
遠くから馬の音が聞こえた。
「商隊か?」
隊長が立ち上がる。
夜の街道から、一台の馬車が近づいてくる。
「……」
ユウは目を細めた。
見覚えがある。
「嘘だろ」
馬車が止まる。
降りてきたのは――
勇者。
女魔法使い。
女冒険者。
聖女。
四人だった。
「……」
「……」
勇者とユウの目が合う。
数秒の沈黙。
「お前」
「はい」
「またいるな?」
「……偶然です」
「王都へ向かっているのか?」
「はい」
「俺たちもだ」
「そうですか」
「…………」
勇者は額を押さえた。
「もういい」
女魔法使いが笑いを堪えている。
「三回目ね」
「三回目です」
「偶然?」
「偶然です」
「本当に?」
「本当です」
ユウは真顔だった。
本当に偶然だと思っている。
王都でバイトを探した。
王都へ行く商隊を見つけた。
それだけだ。
勇者たちが王都へ向かっていることなど知らなかった。
――少なくとも、求人票を見た時には。
「まあいい」
勇者が笑う。
「一緒に行かないか?」
「え?」
「同じ王都へ向かうんだろう?」
「商隊の仕事があるので」
「そうか」
勇者は残念そうにした。
「じゃあ、またどこかで」
「そうですね」
勇者たちは商隊の少し先に野営場所を作った。
夜。
ユウは火の番をしていた。
ふと、空を見上げる。
「……嫌な雲だな」
西の空。
黒い雲が広がっている。
風向きも変わった。
漁師だった前世の記憶が告げる。
「明日の朝、雨になる」
しかも――
「かなり降るな」
ユウは隊長を起こした。
「明日の出発、遅らせたほうがいいですよ」
「雨か?」
「大雨です」
「王都への街道は?」
「たぶん、途中で川が増水します」
隊長は悩んだ。
そこへ勇者がやって来る。
「どうした?」
ユウが説明する。
「明日の朝は大雨になると思います」
女魔法使いが空を見る。
「雲はあるけど……そこまで?」
「風が変です」
ユウは答えた。
「海の近くなら、もっと分かりやすいんですけど」
「漁師だったことがあるから?」
「はい」
「本当に何でも経験してるのね」
女魔法使いが呟く。
「ただのバイトなんですけどね」
翌朝。
雨が降った。
しかも――
予想以上の大雨だった。
街道沿いの川が増水し、橋の一部が流された。
商隊は出発を見送った。
勇者たちも同じだった。
「助かった」
勇者が言った。
「君のおかげで、俺たちも足止めできた」
「偶然です」
「……もうそれ、便利な言葉だな」
勇者は笑った。
雨が止んだのは、翌日の昼だった。
街道の修復が必要になった。
商隊の人間たちが困っている。
ユウは崩れた道を見た。
「これなら直せますよ」
「お前が?」
「はい」
奴隷だった前世。
鉱山で培った土木技術。
農夫だった前世の土の扱い。
商人だった前世の人員配置。
全てが自然に繋がる。
ユウは作業を始めた。
石を並べる。
土を固める。
水の流れを変える。
半日後。
「……通れる」
隊長が呟いた。
崩れていた道は、簡易的ながら安全に通行できる状態になっていた。
「すごい……」
勇者たちも驚いている。
ユウは額の汗を拭った。
「これで仕事は終わりですね」
「仕事って……」
女魔法使いが呆れる。
「君、本当に自分が何をしてるか分かってる?」
「道を直しただけです」
「それが普通じゃないのよ」
ユウは首を傾げた。
そして商隊は再び王都へ向かった。
勇者たちの馬車も、その後ろを走る。
王都へ近づくにつれ、街道には人が増えていった。
やがて遠くに巨大な城壁が見えてくる。
「王都だ」
勇者が呟いた。
ユウもそれを見る。
「大きいな」
王都。
そこには、魔王討伐に関わる多くの人間が集まっている。
そしてユウは知らない。
王都で次に見つけるアルバイトが――
彼の前世の能力を、これまで以上に必要とする仕事になることを。
さらに。
勇者たちが王都へ到着する、その日。
ユウの名前を知らないはずの王宮関係者が、ある噂を耳にする。
「最近、勇者一行の周囲に妙な少年がいるらしい」
だが、その噂を聞いたユウ本人は――
「王都って、バイト多そうだな」
そんなことを考えていた。




