第三歩目 「英雄の次の町」
勇者たちが宿を出てから、一週間。
ユウ・タナカは、宿屋の仕事を終えていた。
「今日までありがとうね」
宿屋の女主人が、給金の入った袋を渡す。
「こちらこそ、お世話になりました」
「もう少し働いていけばいいのに」
「次の仕事が決まったので」
「早いねぇ」
ユウは笑った。
次の仕事。
特別なものではない。
ただの短期バイトだ。
町の北側にある商店で、荷物運びをする。
それだけ。
「じゃあ、元気でね」
「女主人さんも」
ユウは小さな荷物を背負い、町を出た。
歩いて半日。
次の町へ到着する。
町の入り口には、大きな看板が立っていた。
『商業都市グランベル』
「……大きいな」
ユウは町を見上げた。
人が多い。
馬車も多い。
店も多い。
そして――
仕事も多い。
「ここなら、しばらく働けそうだ」
ユウは商店街へ向かった。
すぐに仕事は見つかった。
「荷物運び?」
「ああ。倉庫から店まで運んでくれればいい」
「分かりました」
「力はあるのか?」
「まあ、それなりに」
商人だった前世に加え、奴隷だった前世では毎日重い鉱石を運んでいた。
荷物運びくらいなら楽なものだ。
「じゃあ、頼むよ」
「はい」
こうしてユウは、新しい町で働き始めた。
午前中は荷物運び。
午後は商品の整理。
暇な時間には帳簿の手伝い。
「……この数字、間違ってますよ」
「え?」
店主が帳簿を覗き込む。
「本当だ……」
「こっちの仕入れ数と合ってません」
「よく分かったな」
「商売やってたことがあるので」
「十五歳だろ?」
「昔です」
「またそれか……」
店主は呆れた。
ユウは気にしない。
仕事が終われば宿に戻り、夕食を食べて眠る。
平和だった。
理想的だった。
英雄もいない。
魔王もいない。
面倒な事件もない。
「やっぱり、普通が一番だな」
ユウは満足していた。
――その日の夕方までは。
「勇者様御一行が到着したぞ!」
町の大通りから声が響いた。
店主が慌てて外へ出る。
「何?」
ユウも顔を出した。
遠くから、馬車が見える。
町の人々が集まっている。
歓声が上がる。
「勇者様だ!」
「魔王討伐の旅の方々だ!」
「女魔法使い様もいるぞ!」
ユウは黙った。
「……」
見覚えのある馬車。
見覚えのある四人。
そして――
「……なんで?」
勇者たちだった。
馬車が店の前を通り過ぎる。
勇者がふとこちらを見る。
目が合った。
「…………」
「…………」
勇者の顔が固まる。
ユウも固まる。
馬車が止まった。
「おい」
勇者が馬車から降りてくる。
「君」
「はい」
「……また会ったな」
「そうですね」
「なんでここにいる?」
「働いてます」
「何の仕事を?」
「荷物運びです」
「…………」
勇者は頭を抱えた。
「なんでだ……」
「何がですか?」
「いや、こっちの話だ」
女魔法使いが馬車から降りてくる。
「やっぱり!」
「お久しぶりです」
「あなた、私たちを追ってきた?」
「追ってません」
「じゃあなんでいるのよ!」
「仕事があったので」
「…………」
女魔法使いは頭を押さえた。
「偶然って怖いわね」
「そうですね」
ユウは本気で頷いた。
その横で、勇者がじっとユウを見ていた。
「……この町で何をしている?」
「普通に働いてます」
「それは見れば分かる」
「じゃあ、荷物運びです」
「そうじゃない」
勇者はため息をついた。
「君、前に俺の剣を直しただろ」
「はい」
「今回、俺たちは武器を補充しに来た」
「そうなんですか」
「何かいい武器屋を知らないか?」
「ありますよ」
ユウは即答した。
「この通りをまっすぐ行って、二つ目の角を右です」
「詳しいな」
「商人だったことがあるので」
「……便利だな、その前世」
勇者たちは武器屋へ向かった。
ユウも仕事へ戻る。
そのはずだった。
しかし――
一時間後。
「ユウ!」
店主の声が響いた。
「はい?」
「勇者様たちが買った武器、これなんだけどさ」
店主が一本の剣を持ってきた。
「これ、どう思う?」
「……」
ユウは剣を見る。
一瞬で分かった。
「やめたほうがいいです」
「え?」
「中身が粗悪です」
「でも高級品だぞ?」
「外側だけです」
ユウは剣を受け取った。
「これ、前の剣と同じです」
「同じ?」
「見た目はいい。でも内部の処理が雑です」
鍛冶職人だった前世の知識が蘇る。
「戦闘で三回くらい強く打ち合ったら、刃が欠けます」
「……本当か?」
「たぶん」
「たぶんって……」
その時。
「それ、本当?」
後ろから声がした。
女魔法使いだった。
「勇者が今買おうとしている」
「なら、やめたほうがいいです」
「やっぱり……」
女魔法使いは深いため息をついた。
そして勇者に伝える。
勇者が戻ってきた。
「また君に助けられたな」
「偶然ですよ」
「二回目だぞ?」
「偶然が二回続いただけです」
「三回目は?」
「さすがにないでしょう」
ユウは笑った。
勇者も苦笑する。
「そうだな」
その夜。
勇者たちは町の宿へ泊まった。
ユウはいつものように仕事を終え、自分の宿へ戻った。
ベッドに横になる。
「今日は疲れたな」
目を閉じる。
そして、ふと思った。
「……俺、もしかして」
勇者たちの行く先に、自分がいる。
前の町でも。
今の町でも。
ただの偶然。
そう思いたい。
だが――
「まあ、気のせいか」
ユウは寝返りを打った。
その頃。
別の宿では、勇者たちが話していた。
「なあ」
「何?」
「俺たち、あいつを追ってるわけじゃないよな?」
「もちろんよ」
「だよな」
女魔法使いが頷く。
「私たちは北へ向かっている」
「そして、あいつも北へ来た」
「偶然ね」
「二回続けて?」
「……偶然よ」
二人は顔を見合わせた。
「三回目があったら?」
「その時は――」
女魔法使いは少し考えた。
「本人に聞いてみましょう」
そして翌朝。
ユウは荷物をまとめた。
今日でこの町のバイトも終わりだった。
「次はどこで働こうかな」
何気なく町の掲示板を見る。
一枚の求人票が目に入った。
『王都行きの商隊――短期荷運び係募集』
「王都か」
ユウは少し考えた。
「まあ、行ってみるか」
その頃、勇者たちも――
王都へ向かう準備をしていた。
二つの旅路が、またしても同じ方向へ伸びていく。
もちろんユウは知らない。
そして――
自分がその道を選んだ理由も、まだ知らなかった。




